謎多き土佐珊瑚の軌跡をたどる

今や「宝石サンゴ大国」として世界的シェアを持つ土佐サンゴだが、 その歴史はあまりにも知られていない。サンゴにまつわる伝説は知れば知るほど奥が深い。

童話「お月さん ももいろ」が 伝えるサンゴの軌跡

大月町に残る「さんご採取発祥地記念像」の隣には、「土佐サンゴ発祥の地」と書かれた説明板が建ち、サンゴにまつわる歴史が綴られている。

 土佐におけるサンゴの軌跡をたどる中、一冊の絵本に出会った。それは、1973年、ポプラ社より発行された「お月さん ももいろ」という童話。そこには、富と欲情が交差する不条理な古き時代のしきたりが描かれており、そのストーリーから当時のサンゴの価値が読み取れる。物語の故郷は幡多郡大月町の旧月灘村。ここの海には古くからサンゴが眠ると知られていた。しかし当時、サンゴは非常に希少性の高い宝石。土佐藩が厳重に採取を禁止し、その所在を口にすることを固く禁じられ、採ること、拾うこと、持つこと、語ることさえも許されなかった時代。この海でサンゴが取れることは、秘め事とされていた。  この物語は「おりの」という少女が、浜辺に打ち寄せられたサンゴを拾ったことから始まる。おりのは、そのサンゴを病床のおじいちゃんの命を救う特効薬をくれた、与吉という山の若者に渡してしまう。それが浦奉行に知れ渡り…、最後にはそのモモイロサンゴを手にした2人がともに命を落としてしまうという、切なく悲しい恋物語。こうしたサンゴにまつわる物語は、いくつかの地域に残されているという。  大月町渭南海岸に残る「さんご採取発祥地記念像」には、口をとざされた漁師や子どもたちによって唄いつがれた童謡「♪お月さんももいろ だれんいうた あまんいうた あまのくちひきさけ♪」の唄とともに、サンゴを抱いた少女の像が建てられ、その歴史を今に伝えている。

明治維新後、高知は 世界に誇るサンゴ大国へ

宝石サンゴの中でも最も高価な「血赤サンゴ」。不透明で濃い赤色の宝石は唯一無二。神秘的な輝きを放つ。

 明治維新後、「お月さん ももいろ」にも描かれた藩政の禁令が解かれると、高知の海域でサンゴ船による採取が盛んになり、高知のサンゴ漁は急速に発展。19世紀に入る頃には土佐湾沖に何百隻もの採取船が出漁し、土佐サンゴは全国から一躍脚光を浴びはじめた。そうして、カツオの一本釣り、マグロのはえなわ漁と並び、サンゴ漁は全国の先進県として、高知に大きな経済効果をもたらすまでに発展。買い付けには、サンゴジュエリーの生産が盛んなイタリアのバイヤーも訪れるようになるなど、日本における宝石サンゴ産業の中心地となっていた。その頃から「高知新聞の題字」の背景にはサンゴが描かれている。  また、魚介類が市場でセリにかけられるように、海で採れるサンゴもセリにかけられる。その入札が全国で最初に行なわれたのも、高知であり、現在でも日本で採取された宝石サンゴの原木はすべて高知の入札場に集まり、セリにかけられる。宝石サンゴの中でも最も希少価値が高いとされる「アカサンゴ」は、その漁獲量の多さからヨーロッパで「トサ」という別名で浸透していると、県内業者は胸をはる。一方でサンゴの加工技術も日本はトップレベル。その匠の技術を全国に広めた先人を多数輩出しているのもまた高知であり、その功績は華々しい。  世界でも有数の宝石サンゴの流通拠点として知られる日本。その主産地である高知県が世界に誇れる「宝石サンゴ大国」であることは、その長い歴史と、現在も高知を拠点に飛び交うサンゴの流通の多さが物語る。

参考資料/●宝石珊瑚の魅力 品質と見分け方と価値の評価基準 著者/高知県工業振興課 発行/㈱高知県商品計画機構 ●さんごの海 土佐珊瑚の文化と歴史 著者/庄境邦雄 発行/高知新聞社


土佐サンゴ入門「サンゴ資料館」 潜入レポート

 「サンゴについて知りたい」、そんな人にぜひ体感して欲しいのがこちら「宝石珊瑚資料館35の杜」。館内では「35のストーリーで綴る珊瑚の世界」と題し、サンゴの歴史や文化、生態系についてのパネルや資料が展示されている。また、宝石サンゴの原木を観られる展示スペースのほか、有名彫り師が手がけた世界有数の貴重な彫刻作品なども自由に見学ができ、一般の人でも気軽にサンゴの世界に触れられる。さらに、サンゴジュエリーの販売や、サンゴを自分で磨き上げて仕上げて作るペンダントトップや自由なデザインが楽しめるブレスレット作りの体験コーナーも。まだまだ知られていないサンゴの世界にいざ入門!