職人としての功績を残した「土佐珊瑚の匠」

サンゴの加工技術を伝える牽引役として、65年に渡り日本の技術を広めることに貢献。 サンゴの加工技術においては世界一の異名を持つ、サンゴ界のレジェンドの足跡をたどる。

サンゴ工芸の最前線を歩み 伝統にとらわれず 数々の革新技術をあみだした サンゴ一筋65年の職人

 約65年に渡って、サンゴ工芸の最前線を歩み続けてきた名匠、前川泰山さん。伝統的な常識にとらわれず、自身の内面から湧き上がるイマジネーションを解放した自由なモチーフ展開や、素材としてのサンゴの希少性を考慮し、革新的なサンゴの加工技術を多数考案。また、サンゴを現代的なジュエリーとして提案した先駆者でもあるなど、その功績は計り知れない。

 前川さんがサンゴ職人としての一歩を踏み出したのは昭和29年、16歳の時。足に不自由を抱えていたために看板絵師の夢を諦め、当時、高知市の京町にあった「福島珊瑚店」に入社。初めてサンゴを手に取りながら、先輩職人から技を教わった。作っていたのは観光客向けのお土産品や、和装に使われる帯留めなど。一本のサンゴの原木から彫り出す伝統彫り、平面彫りばかりで、モチーフも支那美人や七福神などの縁起物。それが当時のサンゴ職人の常識だった。約10年の修行の後、28歳で独立した前川さんは、その常識を変えることになる。

 独立した前川さんはまず、比較的安価で手に入れやすかった白サンゴの色を活かし白馬や乱菊、鷺など、それまでにはなかったモチーフの額装を発表。これが入札会で話題になり、国内外のバイヤーやコレクターに一目置かれるようになる。今でこそ最上ランクの価格が付けられる赤サンゴも当時は不人気で、「立体感がでにくい」「血を連想する」などと言われていたが、前川さんのモダンなジュエリー作品をきっかけに価値が高まったのだという。革新的なことをするたびに批判やバッシングも受けたが、買い手やファンからの支持によって、今日のスタンダードになっていった。

 それは、前川さんがあみだした「寄木」と呼ばれる加工技術も同じ。一本の大きな原木から作品を彫り出すのではなく、別々のサンゴで作品の部位を作って、それらを組み合わせて一つの作品にする技法だが、当時は「一木彫り」というあまりにも堅固な伝統に反するものだった。前川さん自身にも抵抗感はあったと言うが、作品の大きさ、ダイナミックな動きの表現や、ポーズの自然さなど、これによって獲得できる表現は大幅に広がったと、現在では評価されており、何より、素材である宝石サンゴが希少になっていること、成長に膨大な時間がかかること、それによる、国際条約による輸出入の規制の可能性などを考えれば、「一木彫り」の技法は今後続けることはむずかしい。サンゴを大事に扱う、という前川さんの信念の表れでもあった。

 2015年には就業60年を記念し、集大成と言える大個展を高知市で開催した前川さん。100点を超える創造性豊かな作品が展示され、自身がサンゴとともに歩んできた創作の軌跡を伝えた。一つひとつのサンゴに向き合う前川さんの真摯な姿勢は、今日も続いている。


サンゴの名匠 前川泰山の技!

革新的な「寄木彫り」

それぞれの作品の部位を別々のサンゴで制作し、それらを組み合わせてひとつの作品にするという「寄木彫り」。伝統的な「一木彫り」では難しい自由な表現に到達した。

ユーモア満点なモチーフ!

支那美人や七福神などの縁起物が常識的なモチーフであったサンゴ工芸に対し、前川さんの作品では可愛らしい動物や食べ物なども作品に。赤サンゴを素材にした、ユーモアあふれる実物そっくりの作品「唐辛子」も!

様々な素材と組み合わせ

前川さんの作品では異なるサンゴを組み合わせたり、サンゴを粉末状にして使用したりと多様なサンゴの使い方がなされるが、さらには陶器、和紙、石や木など、様々なサンゴ以外の素材も取り入れられている。まさに、工芸美術品!