生命がやどる 「宝石珊瑚」の神秘

土佐の黒潮がもたらした世界有数の土佐サンゴ。 人の手では到底届かない水深100mを超える深海で生きる 宝石サンゴの生態は謎が多く神秘に満ちている。

深海に生きる宝石サンゴの生態は 未だベールに包まれたまま… 奇跡的な海の自然環境が 土佐に宝石サンゴをもたらした

 「生き物としての宝石サンゴは、ほとんど知られていないことばかりですよ」。そう話すのは、大月町在住の研究者、中地シュウさん。黒潮生物研究所で所長を務めた後、「海辺の自然史研究舎」として独立。高知県の沿岸域環境や海洋生物の多様性に関するフィールドワークを20年近く行ってきた。宝石サンゴの保護育成活動にも中心的に関わっており、その生態に詳しい。

 宝石サンゴは木の枝のようにも見えるが、実は立派な動物。オス・メスの区別もあり、精子と卵を体外に放出することで繁殖するが、産卵の様子を実際に観察した人はまだいない。産まれた幼生や稚サンゴがどこでどのように成長していくのか、何を食べているのかなど、ほとんどが謎に包まれている。その理由は宝石サンゴが、ダイビングなどで見ることができる造礁サンゴとは異なり、水深100mを超える深い海に生息するため、観察やサンプルの採取が困難だからだ。

 そんな中、日本珊瑚商工協同組合、宝石珊瑚保護育成協議会の支援をうけた中地さんらのグループによる増殖実験もあり、今、その謎が少しずつ明らかにされつつある。宝石サンゴの身体は、表面の筋肉や皮、ポリプなどから成る薄い軟体部分と、その内側にある硬い骨軸に分けられるが、宝飾品などの素材となる後者の骨軸の成長スピードは、なんと1年間で0.2mmほど。加工されるサイズになるまで大きいものになると数百年という厖大な時間が必要であり、人工的な増殖活動は困難とされる。一方で、その生命力の強さもわかり、研究者たちを驚かせた。地元漁師などの協力も得て行った増殖実験では、数センチに切り分けて「苗」として放流した宝石サンゴの約99%が、死ぬことなく成長し続けたという。中地さんは、「移植放流によって宝石サンゴの資源を守ることは不可能ではない」と手応えを得ている。

 そんな希少価値の高い宝石サンゴを育む、世界一の漁場である高知県。高知県沖に流れ込む黒潮が、宝石サンゴの生育に好適な水温範囲や潮の流れ、餌の十分な供給などをもたらしており、その他にも海底の地形や水深、底質の性状といった様々な条件が組み合わさって、奇跡的な環境が成立している。

 「生業としてのサンゴ漁を守りながらきちんとした資源管理ができれば、日本が世界に誇る宝石サンゴを未来に残していくことができると思います。そのためにも、生物としての宝石サンゴの特性についてもっと理解を深めていくことが必要です」と語る中地さん。知られざる宝石サンゴの謎に迫る研究は、これからも続く。