伝え継がれる土佐物語
「巡査がうまい」
とんとむかし……というても明治のころの話よ。
ふかいふかい山のおくの里に、まだ町を見たことのない親子がおったそうな。
ある日のこと、その親子が町へ買い物に行くことになったと。
ほんで、おっかあに弁当をこしらえて貰うて、二人は山をこえ谷をこえ丸木橋をわたって、三日三晩も歩いたいうきに(※1)、げにたいちゃ(※2)山おくの人じゃったもんよのう。
町へついたら息子は、こじゃんと(※3)たまげた(※4)声で、
「おとやんよ、えらい広いが、ここも日本かよ」
いうて聞いたら、おっとうのいうには、
「阿呆、日本はまだこれの倍ばあ、ありゃあや」
いうたと。
町じゃ、初めて見る珍しいもんばっかりじゃけん、二人ともきょろきょろしながら、歩きまわりよったそうな。
ほいたら餅屋があって、おいしそうな餅がおいちゃある(※5)のを見て、息子が、
「おとやんよ、ありゃなんぜ」
「ありゃ餅じゃ。ひとつ買うちゃらあよ」
おっとうは、息子に餅を買うちゃったと。
ほんで息子は餅をたべたべ、おっとうは町なみを見よりながら歩きよったそうじゃが、ぼっちり(※6)警察の前をとおりよった時じゃと。
息子はじぶんが持っちょる餅のあんこを見ながら、
「おとやん、このまんなかの黒いもんはなんじゃろうねえ」
と聞いたと。そのときおっとうは警察署の前に出ちょる黒服の巡査を見よったもんよ。
「そりゃあ、巡査よ」
と答えたと。息子は、
「そいたらのう、このふちの白いもんは何ぜ」
「そりゃあ、警察よ」
おっとうがこういうと息子は、
「ああ、そうかえ、おとやん。ふちの警察よりもなかの巡査の方がうまいのう」
というたそうな。
むかしまっこう さるまっこう
さるのつべは ぎんがりこ
(※1)歩いたいうきに…歩いたというから (※2)げにたいちゃ…本当に (※3)こじゃんと…とても
(※4)たまげた…驚いた (※5)おいちゃある…置いてある (※6)ぼっちり…ちょうど
出店 土佐むかし話
著者 市原麟一郎
絵 種田英幸
天衣無縫に生きた土佐おどけ者の生き様に惹かれ「近代土佐における、おどけ者の探求」を行い、数々の民話を発行。そんな市原麟一郎氏が惹かれたおどけ者は「いごっそう」「どくれ」「ひょうげ」「そそくり」「かんりゃく人」「のかな奴」「おっこうがり」「てんごのかぁ」「ごくどうもん」など。