昔々にあったとさ「はいから友さん」

伝え継がれる土佐物語

「はいから友さん」

はいから友さん

 須崎の轟というく(※1)に、友さんいうて、なかなか新しがり屋のハイカラ男がおったと。その友さんが、舶来の自転車を買うたそうな。それは大正の初め、今から九十年ぐらい前じゃき、自転車じゃいうもんは、まだめったな人が持っちょらざったのう。  

 友さんいう人は、どだい(※2)背の低い小男じゃったが、その自転車ちゅうたら、外国製の二十八インチのざまな(※3)やつでのう、足が届かざったと。  

 自転車に乗って行きよっても、人が来たらようよけんきに、じっきに降りる。今度は降りたら高いもんじゃけに、なかなかよう乗らんと。何ぞ台はないかいうて、台を探してきて、その上へ上がってひょいと乗るという調子じゃった。  

 それから、乗って行きよって、大けな声で、 「オーイ、ヨッチョッテ、ヨッチョッテ」 と、人払いしながら行くがじゃと。それを村人らあが面白いきに、たかで(※4)群がって見物するがよ。  

 ひいといのこと、めっそう(めったに)ないことに、友さんが自転車をついて走りよるそうな。ほんで、たばこ屋のおばやんが、 「ありゃまあ、友さんよ。おまん、今日は自転車に乗らんがかよ。どこぞ故障でもしたがかよ」 いうて問うと、友さん、 「いんげ(いいえ)の、今日は急いじょるき、乗る気になれん」言うたそうな。

(※1)地区 (※2)実に (※3)とても立派な (※4)大勢

出店 土佐おもしろ人間烈伝  

著者 市原麟一郎

天衣無縫に生きた土佐おどけ者の生き様に惹かれ「近代土佐における、おどけ者の探求」を行い、数々の民話を発行。そんな市原麟一郎氏が惹かれたおどけ者は「いごっそう」「どくれ」「ひょうげ」「そそくり」「かんりゃく人」「のかな奴」「おっこうがり」「てんごのかぁ」「ごくどうもん」など。

市原麟一郎先生は令和5年9月24日、満101歳で亡くなられました。市原先生の長年にわたる活動に深く敬意を表するとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。