高知県出身の植物分類学者、牧野富太郎博士。県民から今も昔も「牧野さん」と呼ばれ 親しまれる博士の魅力は、どんなところにあるのだろう? 博士に魅せられてそれぞれの活動に打ち込むさまざまな人たちに「だいすき」を聞いた。
なぜ牧野「さん」と呼ぶ?
文久2年(1862年)に生まれ、昭和32年に亡くなるまで、植物を知ることの楽しさを人々に伝え続けた牧野富太郎博士。そんな彼は、高知県民からしばしば「牧野さん」と呼ばれている。
その理由は諸説あるが、理学博士の学位を受けたのが65歳と遅く、それまでに彼が市井の草花愛好家たちに広く親しまれる存在になっていたからでは、とも言われているという。
学位にこだわらず、一般の人々に呼ばれては各地を訪れ、植物の魅力を伝え続けた、牧野博士らしい呼ばれ方だ。
博士の志が色濃く受け継がれる
草花への愛にあふれた植物園
高知市を見下ろす五台山に、昭和33年に開園した高知県立牧野植物園。牧野博士の業績をはじめ、博士ゆかりの草花を気軽に見ることができる施設として、日本を代表する植物園になっている。ここに勤める職員たちも、もちろん牧野博士が大好き。
16年にわたって園地を管理してきた藤井さんは、「博士が遺した『さすが土佐だけのことはある!と絶賛される植物園に』という願いを胸に、園地づくりをしています。園を訪れた人たちに、博士が鼻高々になって草花を自慢して歩ける。そんな場所にすることが、私の目標なんです」と語った。
植物園を「生きた植物図鑑」と考え、草花の種類や状態はもちろん、景観にもこだわる。「来園をきっかけに、高知県の植生の豊かさに気づいてもらえたら。
二千種類以上の植物が確認されている高知県は、植物の宝庫なんですよ」。博士の志が色濃く受け継がれる植物園だ。
藤井さんにとって 牧野さんとは
牧野博士は、人柄もユニーク。深掘りをすれば話が尽きない人!