今回のテーマは、高知県に受け継がれる民話。 市原麟一郎先生の情熱がこもった
土佐民話の紙芝居が高知県立文学館にある。 先生の思いと共に、未来へと伝えられていく。
教職に従事しながら土佐民話の採話と記録に取り組んできた市原先生。子ども達に民話を語り継ぐため、昭和57年から手づくりの紙芝居を手に、県内各地をめぐった。「土佐民話の会」主宰、「文学館・語りと紙芝居の会」代表も務めた。
土佐民話の研究者
市原麟一郎さんが 残してくれたもの
土佐の民話研究の第一人者として活躍し、令和5年9月に満101歳で逝去された市原麟一郎さん(大正10年、現在の須崎市生まれ)。民話の研究者、語り部・作家として、長年にわたって精力的に活動。小学校や保育園に通う子どもたちのもとを訪れ、自作の紙芝居を使って、土佐の昔話を聞かせてくれた。今回は、そんな市原先生ゆかりの貴重な資料の数々がある、高知県立文学館を訪れた。 生前、市原先生と交流があった岡本学芸員が見せてくれたのは、実際に市原先生が使っていた紙芝居。「元々は、先生は採話(現地の語り部から民話を聞き取ること)した内容を、忠実に記録して本を出されていた。やがて、子どもたちにも伝わりやすいよう
に、表現の工夫を重ね、紙芝居にしたと聞いています」と岡本さん。絵は高知ゆかりの作家が描き、馴染みのある土佐弁が用いられている。地元の子どもたちが楽しめるように、紙芝居の中に土佐民話の世界が表現されているのだ。
「語りと紙芝居の会」で使われた、紙芝居自転車。 市原先生も何度かこれを使って紙芝居を上演した。
子どもたちに伝えたい 土佐民話の面白さ その思いは今日も続く
高知県立文学館で土佐民話を積極的に扱うようになったのは、平成13年頃。この年に開かれた企画展「土佐のむかしばなしと伝説展」の監修を市原先生に依頼したことが、きっかけになったという。また、この展覧会を機に「紙芝居研究会」(現語りと紙芝居の会)が発足。3代目担当の岡本さんは、「先生との深い交流が生まれ、民話の持つストーリーとしての面白さはもちろん、文学的・民俗学的な価値を再認識した」と振り返る。市原先生が与えた影響は大きく、同館は「子どもたちにこそ、土佐民話の面白さを伝えよう」と、館内に「こどものぶんがく室」を設置したり、県内の小学校等に紙芝居の上演に出向く「出張おはなしキャラバン」の活動を始めてきた。先生の紙芝居活動は現在も継承され、県内各地で紙芝居の語り聞かせが続けられている。
採話で使用した録音テープには、語り部の貴重な肉声が記録されている。車を持たなかった先生の移動手段は専ら自転車だった。
受け取られ、受け継がれ 市原先生の思いと共に 土佐民話は次世代に
先生が高知県立文学館に寄贈した資料には、採話時の録音テープも多くあり、その時代に生きていた人たちの声が残されている。岡本さんは、「この話がどの時代のどこで生まれ、誰から誰へと伝わってきたか。そんな背景まで思いを巡らせたら、民話はさらに面白くなる」と語る。市原先生が当時の語り部から採話した民話を楽しんだ人たちが、また次世代に伝えていく。「私たちは受け取った立場。これからもより多くの皆さんに土佐民話を親しんでもらえるように、ストーリーはもちろん、市原先生の思いも一緒に伝えていきたい」と、今後にかける思いを語った。
市原先生から文学館に託された紙芝居。資料保護のため、現在は複製が使用されている。