昔々にあったとさ「早足名人六太夫(はやあしめいじんろくだゆう)」

伝え継がれる土佐物語

「早足名人六太夫」

とさぶし43-イラスト

 昔、窪川に早道六太夫いうて足の早いこというたら右に出る者がないというほど、早足の名人がおったと。

 ある日のこと、旅の侍が他流試合のため、六太夫の所へやって来た。居合わせた男仕が、「だんなさんは留守ですが」言うと、侍が帰るまで待たせてもらうといって庭へ回った。  

 さて、六太夫が家からの使いで、家へもんてみると、侍がくさり鎌で生け垣をきれいに刈りそろえよる。この見事な鎌さばきを見よった六太夫は舌を巻いた。こりゃ大ごとと思いながら、刈り取った草を荷のうたまま、庭の方へ回った。すると侍が「ご主人かな」と声をかけてきたので、六太夫は荷を降ろしながら、  

「いんげ、私しゃこの家に仕えるもんで、だんなさんはおっつけ参りますき、ちっくとお待ちを」  

 言うなり六太夫はパッと後ろ向きのまま生垣を飛び越えて、すたこらさっさと、例の早足で逃げ出したと。一方たまげたのが他流試合に来た侍、

「ふーむ、草刈りの使用人でさえ、生け垣を後ろ向きに飛び越える程の腕、これで主人がもんてきたら、どんな目に合わされるかも知れん、桑原桑原」  

と、おじけづいて飛び逃げて行ったそうな。  

 何しろ六太夫の早足というたら、戦場へ行ても味方の矢よりも早く敵のなかへ飛び込んでいくし、逃げるときはまた早く、敵が撃つ鉄砲の弾丸よりも先に逃げてもんてきたという強者じゃ。

出店 土佐おもしろ人間烈伝  

著者 市原麟一郎

天衣無縫に生きた土佐おどけ者の生き様に惹かれ「近代土佐における、おどけ者の探求」を行い、数々の民話を発行。そんな市原麟一郎氏が惹かれたおどけ者は「いごっそう」「どくれ」「ひょうげ」「そそくり」「かんりゃく人」「のかな奴」「おっこうがり」「てんごのかぁ」「ごくどうもん」など。