歌人 吉井勇の心を 癒し育んだ 味わい深い茅葺の草庵
香美市の物部川沿いを上流へ、山峡の閑静な村・猪野々にある吉井勇記念館の側に「渓鬼荘」を見つける。多くのアーティストが歌声を重ねてきた名曲「ゴンドラの唄」で知られる、昭和の伯爵歌人・吉井勇が隠居生活を送った山房だ。吉井の高知での生活を支援したのが伊野部酒蔵の伊野部恒吉であり、彼の酒蔵にあった隠居所をもらい受けたのがこの草庵のいわれ。都会育ちの吉井は、四方を山に囲まれ、郷愁さえ感じるこの風景に心惹かれ、この草庵をとても愛した。
「渓鬼荘」は、猪野々の牧歌的な景色によく馴染む厚みと丸みを帯びた茅葺き屋根の小宅で、6畳の居間と4畳半の書斎、広縁からなる簡素な建物だが、天井や床の落掛の造作など風情溢れる数寄屋造りの様相を見ることができる。農村の静かなこの場所で独り3年間を過ごした吉井は、移住前、自身の妻が関与した「不良華族事件」による傷心をひっそりと癒し、「猪野々は人間修行の場であった」と言葉を残している。その当時に、ここで生まれた歌も多数あったと吉井勇記念館の山中館長は教えてくれた。
さながら「日本昔話」 梼原の風土に適した 大きな茅葺屋根
梼原町では、兼ねてより文化的景観の一つとして「茅葺の歴史を守ろう」という保存活動が行われており、茶堂をはじめとする茅葺屋根の姿を各所で目にすることができる。町内に残る伝統的な茅葺屋根から学び、建築家・隈研吾が町のシンボルとなる「町の駅 ゆすはら」の外壁に茅を使ったのも記憶に新しい。梼原町に入ってまず最初に見えてくるのは、坂本龍馬脱藩の道沿い「太郎川公園」に建つ3つの茅葺屋根だ。
こちらは、30年前、町内にあった庄屋、集会所、一般民家を移築保存。原型を留めながらも少しずつ手直しがされ、現在では女将の上田さんらが、梼原のご当地グルメを提供する農家レストランとして観光客を出迎える。当時は家の大きさが身分の高さを表していたようで、ここではサイズ感の異なる3軒が敷地内に並び、他にない景観をつくりあげている。
また、雪が降ることが多い梼原町の茅葺屋根は天井が高く急傾斜、家屋の大きさの割に屋根が非常に大きい。それは「日本昔話」の1シーンさながら。その迫力は訪れる観光客を圧倒する。