まんがと共に時を刻む喫茶文化
高知式まんがと喫茶
まんがを置く高知の喫茶には、長時間の滞在を気にしない店主の優しさや、まんが愛に根ざした文化が息づいている。 どうして高知の喫茶にはまんがが多いのか?その理由を探してきた。
愛され続ける老舗喫茶 その理由はまんがの棚にも
あるぺんはうす (昭和54年創業)
高知市薊野(あぞうの)西町の「あるぺんはうす」。照明がほのかに灯る落ち着いた店内には、まんががぎっしり詰まった本棚がある。
店主の松木智(まつぎとも)さんは「子どもの頃から少年まんがが大好きな息子が集めたコミックスや、近所の喫茶店の女性店主が持ってきてくれるミステリー、怪談ものなんかが多いんじゃないかね」と言う。コーヒーと思い思いのまんがをお供に長居するお客さんも少なくないそうで、「回転率」という言葉とは無縁の店だ。
「朝から晩まで、一日中お店で過ごされるお客さんもいますし、小さい頃から毎日のように来てくれる女子高生の子には、単行本の続きの巻を貸してあげることもありますよ。ゆっくり好きな過ごし方をしてくれたら、それでいいんです」。
高知の喫茶店に見られる、本がぎっしり詰まったまんが棚は、店主たちの「自由にどうぞ」という寛容さの表れなのかもしれない。
棚にはいろいろな種類のまんがが並ぶ。複数冊を席に持ち込み、じっくりと読みふける人も多い。
まんがを手にテーブルへ
今も昔も「当たり前」の光景
エヴァンス (昭和62年創業)
高知市一ツ橋町の落ち着いた住宅街に店を構える「エヴァンス」。
「僕が学生だった頃、街にはたくさんの喫茶店があって、どこもまんがを置いているのが当たり前。だから、自分が喫茶店を開くことになった時も、まんがを置くのはごく自然なことでしたね」と話すのは、店主の山本さん。
店に置くまんがは、知り合いが読み終わったもの や、新しく入った若いアルバイトスタッフが選んだものなど。気付けば、個人的な好みも誰もが知るヒット作もごちゃまぜの、にぎやかなまんが棚になっていたそう。
学生時代、山本さんが放課後に立ち寄った喫茶店で、まんがを読んで仲間と語らった当時の自由な空気は、今も変わらず息づいている。
イチオシまんがはコレ!
賭博黙示録カイジ
作者/福本伸行 出版社/講談社
賭博をめぐるスリル満点の展開に引き込まれ、 読み終えた後の爽快感がたまらないんです。
気軽な読み物だからこそ
まんがは喫茶にふさわしい
西山珈琲館 (平成30年創業)
幹線道路として多くの車が行き交う南国バイパス沿いの「西山珈琲館」。店内には約2160冊ものまんがの単行本がある。集めたのは、店主の西山さんだ。「まんがは気軽な読み物だから、喫茶店でくつろいでもらうのに、うってつけだと思って」。
もちろん自身もまんが好きで、昔は県外の古本屋を巡って集めたそう。最近も、お客 さんの声を受けて、まんがの棚を2つ増やしたという。
「警察官に、ラーメン店に、古書屋に…、実はいろいろな仕事を経験して、この喫茶店を営んでいます。まんがは、主人公の生き方やものの見方に触れることができるもの。自分の人生を振り返るきっかけにもなりますね」と西山さん。喫茶店は、そんなひと時を過ごす場所にもなっている。
イチオシまんがはコレ!
黄昏流星群
©弘兼憲史/小学館
短編作品集なので、いろいろな主人公に触れながら、さまざまな人生を感じられますね。気軽に読めるのもオススメです。
漫画編集者も 注目する 高知の喫茶
できれば書店に足を運んでいただきひとり一冊買って欲しいところですが(笑)、ネットで自由にコミックスが読める時代ですから、そんな建前論を言うつもりはありません。
でも例えば、喫茶店で自分が生まれる前に大ヒットしたまんが作品を読んで、新たなファンになる若者だっているかもしれない。コミックスとの新しい出会いの場としてまんがが読める喫茶店が高知にはまだたくさんあるということは、編集者として嬉しいですし、読者としても幸せなことだと思います。
エヴァンス(高知市)
散歩中に運命の出会いを果たして今がある
「エヴァンス」の店内には、奥へ進むと数段降りるダウンフロアがあり、ちょっとした秘密基地のような空間が広がっている。店主の山本さんがこの建物に出会ったのは、約40年前。新たに喫茶店を始めようとしていた時、偶然目にした建築中の建物に一目惚れしたという。「通ううちに現場の大工さんと親しくなって、そのご縁もあってここで店を開けることになったんです」と、当時を懐かしそうに振り返った。