「風景を守りたい」という思いから、 所縁ある土地で茶農家に。
山川、茶畑、そして祭りがある、 沢渡地域のお茶を受け継いでいく挑戦。
2018年、高知県に、とあるふたつの「茶農家カフェ」がオープンした。ひとつは高知市内にある、若者たちが集まる最新の施設「高知 蔦屋書店」のなかに。そしてもうひとつは、高知市から遠く離れ、県境もすぐそこに迫る仁淀川町、沢渡地域の山あいの風景の中に。営業をしているのはどちらも同じ、「ビバ沢渡」という会社。流行の施設を入り口に、沢渡まで足を運んでもらえるように。「この風景を守りたい」と語る地元の茶農家、岸本憲明さんの挑戦だ。
急峻な斜面地にある小さな茶畑ばかりながら、沢渡地域は「隠れた」茶産地だった。そこで採れる茶葉の香りの良さから、最盛期は年間170トンもの茶葉を収穫し荒茶に加工。しかし、香りづけにブレンドされるだけで、銘柄の名前などない。やがて、どの田舎でも見られたように地域から住民が減り始めると、お茶の生産も減少。荒廃する茶畑も見え始める。陰りが差し始めたのは、地域の伝統行事「秋葉まつり」も同じだ。長い「鼻高面」を先払いに総勢200人が役柄を演じながら地域を練り歩く土佐の三大祭りのひとつだが、それだけに住民が減れば続けられなくなってしまう。岸本さんは、祭りの花形「鳥毛ひねり」の役を務めた22歳のとき、「地域全体が家族だ」ということを実感した感動と共に、それが失われてしまうという大きな危機感も抱いた。「自分がこれを受け継ぐ次の世代になろう。」そう決心し、24歳のときに兼業茶農家としてIターンを果たした。
以来、「秋葉まつり」の風景をデザインしたロゴをパッケージにあしらうお茶「沢渡茶」をはじめ、スイーツやお茶パウダーなど、様々な商品を展開。イベント会場などに出店をはじめた当時は「沢渡」という地名を読むことができない人々も多かったが、商品がたくさんの売り場に置かれるにつれて、知名度も高まり、沢渡が茶産地であることも認識されていった。茶農家としてIターンすることや地元にカフェをオープンすることを心配した地域の人々も、今では応援する言葉をかけてくれるという。
「沢渡茶」の価値は、味わいや香りはもちろんだが、山川があり、茶畑があり、人々がいて、祭りがある、そんな風景を守りたいという思いも含め、はじめて成立するもの。商品パッケージには地元の風景写真が使われ、高知市内のカフェにも「秋葉まつり」の道具を展示。そんな山あいの風景に帰ってこれる人々の受け皿になるためにも、岸本さんの挑戦は続く。