特集 香る土佐酒

お酒の質は「水」、味は「米」で決まるとしたら、香りの決め手は「酵母」!
実は高知県は早くから"地・酵母"の開発を進め、高知のお酒に独特の香りと特徴を与えています。

其の一:土佐に根付くお酒――高知の日本酒の歴史

古くは平安時代、紀貫之は土佐の宴を「ありとある上下、童まで酔いしれ」と「土佐日記」に綴った。長宗我部元親が禁酒令を出すもこっそり酒を飲んでいると噂が立った酒樽事件、酒豪ぞろいの山内家の殿様、城下町に酒屋を奨励した野中兼山。土佐の歴史と「酒」は切ってもきれない。
 戦中戦後の貧しい時代を経て、高知の酒宴「おきゃく」を覗いてみると、人は返杯、献杯で杯を酌み交わし、時に、菊の花、はし拳といったお座敷遊びをしながら、浴びるように酒を飲んでいた。昭和34年に赤岡町で「大杯飲み干し競争(どろめ祭り)」が、38年に「はし拳大会」が始まり、高知県の日本酒消費量は10年で10倍に増え、昭和50年にピークを迎えた。  
 さらに消費される日本酒の9割が高知県産と地酒志向が高く、高知市の〈花の友〉、安田町の〈土佐鶴〉、佐川町の〈司牡丹〉、安芸市の〈菊水〉など大手酒造メーカーが酒の味を競い合った。すっきりといくらでも飲める「土佐の淡麗辛口」は際立ち、全国の日本酒の志向をも牽引した。しかし、多くは家族経営の小さな造り酒屋。大手メーカーに桶ごと売るようになると、かつて地元で愛された銘柄もいつしか忘れられていった。
 時代は平成。ビールや洋酒の人気が上昇し、焼酎ブームが到来すると、日本酒の消費量は下降の一途を辿る。「これからはこだわった酒やないと勝負にならん」と気づいた酒造家たちが、アルコールを添加しない純米酒や、香りの高い吟醸酒を醸し始めた。 
 高知県はオリジナルの米や酵母を開発し、酒造家たちを応援したところ、〈酔鯨〉や〈美丈夫〉がいち早く県外に進出し、東京で評判となる。

そのブランドが高知に逆輸入され、「淡麗辛口」の普通酒から、「香り高く」「キレがあり」「濃淡織り交ぜ個性的な」※特定名称酒に人気がシフトした。
 ここ4年間の全国新酒鑑評会において、高知県の金賞受賞率は全国第2位。加えて、市販酒利き酒会の予選通過率も全国トップで、高知県の日本酒の品質の高さは折り紙つきだ。

※特定名称酒:本醸造酒、純米酒、吟醸酒、またそれ以上のランクのお酒のこと。精米歩合やアルコールの添加の有無などで名称は違うが、かつての普通酒に比べると高級なお酒。

とさぶし流「おきゃく」講座

謎の言葉やルールが溢れる土佐のおきゃく。これだけ押さえておけば、君もおきゃくを楽しめる!

高知出身の漫画家で酒好きで知られるはらたいらさんは 著書にこう綴っている。 初対面の人に生まれをきかれて、「高知です」というと、 たいていの人が「じゃあ、お強いんでしょうね」とくるのである。 どうも高知県人というのは、 全国的に飲兵衛だというイメージが広まっているらしい。 引用:「今宵もハシゴ酒」著 はらたいら(全国朝日放送株式会社発行)

【献杯(けんぱい)】 自らの杯を相手に捧げて酒を注ぐこと。古き土佐人の友情の証で酒は若輩者から注ぐのが常識。みんなが好き勝手に動き回るので、パーティや披露宴の「席」はあってないようなもの。

【返杯(へんぱい)】 み干した杯を相手に返し酒を注ぐこと。酒豪同士が延々と杯を返して競うことも。近年、杯による間接キッスを苦手とする女子や若者が続出しているため、強要すると「アルハラ」となる。

【お座敷遊び】 箸を使ったじゃんけんのような「はし拳」、杯と添え物の菊の花を使った「菊の花」、どちらも負けた者が酒を飲む。酒飲みにとっては負けても嬉しい遊びで、酒を飲みたくてわざと負ける人もいる。

【練 習】 全員が集まってから乾杯、ではありません。 土佐時間と言われるほど時間の感覚がゆるい土佐は、三々五々、乾杯の練習をして、先に飲み始めます。 披露宴のスピーチ中に練習している人も。

【べく杯】 穴が空いていたり、底が平らでない杯のこと。穴を押さえて、また一息に飲み干してしまわないといけない危険な器。飲み干したふりをして、テーブルの下の器に酒を捨てている猛者もいるので、おきゃく初心者は無理しないように。

其の二:高知酵母ものがたり――日本酒に香りを

高知独自の酵母はどのように生まれたのか?  そのルーツをたどると、香り高いお酒を夢見て、酵母に心血を注いだ人たちがいた。

独自の酵母を

高知県に初めて酒の担当部署ができた昭和62年。大学で微生物を研究し、土佐鶴で働いた経験を持つ上東治彦さんが高知県工業試験場(現・工業技術センター)のその席についた。  
 全国的に香りの高い「吟醸酒」ブームの頃だった。ある日、上東さんの元に芸西村の仙頭酒造場の仙頭雅男社長が飛び込んできた。「小さい酒蔵が生き残るためには高知独自の酵母がいる。なんとかしてくれ」。当時、吟醸酒に欠かせない酵母は入手ルートが限られ、小さい蔵は手に入れることが難しかった。
 上東さんは清酒酵母にワイン酵母を掛け合わせ、醸造に耐えうる酵母菌を育種し、平成3年、華やかな香りを出す酵母KW77を開発した。翌年、この高知酵母第1号を使い、仙頭酒造場の〈月の志ら菊〉が誕生した。

高知酵母第1号KW77のお酒

酵母って?

日本酒は2つの菌の働きの賜物(たまもの)

麹(こうじ)菌と酵母菌。この2つの菌が交代で働くことによって、お米がお酒に変わっていきます。麹はお米をブドウ糖に変え、その糖を食べてアルコールを出すのが酵母です。酵母はアルコールとともに香気成分を出すため、酵母の種類でお酒の香りも変わるのです。 酵母は、日本醸造協会が保管・頒布しているものから、蔵に代々引き継がれた自家酵母、各県が開発したご当地酵母まで様々な種類があります。

香るお酒に魅せられて

土佐鶴や司牡丹、酔鯨との共同研究も始まり、上東さんは酵母の開発に没頭した。熊本酵母から派生させたA系統はバナナやメロンのような香り。A14を高知酵母第2号に選んだ。対して、信州にルーツを持つ酵母を育種したCEL系統は、まるでリンゴのような香り。「こんな酵母で仕込んだ酒はどんな味になるのだろうか」。上東さんはCEL19を高知酵母第3号に選んだ。しかし、これまで主流だったA系の香りとは対極。実際「個性がありすぎる」と、経営者や※杜氏の反応はイマイチだった。
 ところが、「その酵母で仕込んでみましょう。全国で勝負するには〝おもしろさ〟も必要」と、土佐市の亀泉酒造の西原一民社長が手をあげた。その年の純米吟醸酒に使い、できあがった酒を持って東京に飛んだ。なじみの居酒屋の反応は「おいしい。店に置きたい」と即決。以来、〈亀泉 純米吟醸〉として人気を博し、CEL19は県内のほとんどの蔵で使われる高知酵母の代表格となった。
 「高知にもっといろんな酒があっていい」。上東さんは足繁く酒蔵に通い、杜氏の声に耳を傾け、次々と高知酵母を開発していった。CEL19よりも倍以上リンゴ系の香りが強いCEL24、最もバナナ系の香りが強いAA41。個性のある酵母を見つけ、育てた。そして、2つの香りがバランスよく出るAC系を開発し、最も香るAC95に辿りついた。

※杜氏…醸造責任者のこと。

怪我の功名

赤岡町の高木酒造は、2つの香りが高いという斬新さに期待して、さっそくAC95を注文。香長平野の早稲米を使った〈おり酒〉の仕込みを開始した。しかし数日後、もろみの状態を見ようと仕込みタンクを覗いた高木直之社長は、タンクの上で立ちつくした。「明らかに香りが違う……」。タンクからは強烈なリンゴの香りがぷんぷん漂っている。
 知らせを受けて飛んできた上東さんがもろみの状態を分析すると、そこにいた酵母はCEL24。酒造りを止めるわけにも、捨てるわけにもいかず、結局〈おかしなにごり酒〉として世に出ることになった。間違えて酵母を渡した責任を感じた上東さんは、台車に酒を載せて県庁内を売り歩くなど奔走。3年越しでやっと完売した。
 決して自ら選んだわけではないCEL24。なぜか魅力を感じた高木社長は、この酵母を使ってお酒を仕込むことに。リンゴの爽やかな香りに合うよう甘口に仕上げ、さらに火入れせず酵母を生かしたまま瓶詰めし、発泡させた。名前は〈いとをかし〉。高知にまた新しいお酒が誕生した。

新しいお酒が次々と
上東さん(左)は仕込みの季節は酒蔵を回り酒の品質向上のためもろみのサンプル調査をする。18蔵の調査結果は全て共有されている。右は高木社長。

高知酵母は現在使われているものだけで約20種を超え、ロシアの「ソユーズ」で宇宙旅行した宇宙酵母まで生みだした。「こんなに酵母を持っている県はない」と上東さんは言う。さらに、1種類の酵母で仕込むのではなく、2、3種類を混ぜ、協会酵母も使えば組み合わせは無限大に広がる。香りだけでなく糖度やアルコール度も左右する酵母を、杜氏たちは絶妙に使い分け、高知からさまざまな表情のお酒が生まれている。

阪神タイガースのキャンプ地、安芸市の有光酒造場は、ガツンとした辛口の純米酒が支持されてきた。しかし、トラキチの有光尚社長が打開策として考えたのは、女性ウケするお酒。とにかく甘口で、アルコール度の低いお酒を仕込んだ。
 IT業界から転職してきた社員は、社長肝いりのお酒を味見して「後味がくどい」とバッサリ。「俺にさせてください」と杜氏を引き継いだ。香りの特徴の違う低アルコール酵母を混ぜ、甘さより発泡の爽やかさを押し出した〈純米吟醸素(そ)〉。「他の蔵が使わない酵母だからおもしろい名前を」と「酵母:かんかん丸」と命名してラベルに記した。クラフトビールのような茶瓶の王冠を開けると、しゅわしゅわと、かんかん丸の声が聞こえてくる。

 これまで顧みられなかった香りを手に入れた土佐酒は、日本酒を敬遠しがちだった女性や若い世代にも支持され、海外にもそのファンを増やそうとしている。

生酒マメ知識:通常、お酒を安定させるため熱を入れる「火入れ」を行います。その工程や度合いによって、一度も熱を入れない「生酒」、一度熱を入れて貯蔵した「生詰」、貯蔵し熱を入れて出荷する「生貯蔵」など様々な「生」のお酒があるのです。

其の三:高知のお酒好きに聞く

香りを楽しむ飲み方のススメ!

料理やシーン、季節に合わせて……。 香る土佐酒は、楽しみ方も十人十色。 新しい世界が広がります。

司牡丹の「日土人(ひとびと)」の酒米の田植えに参加しました。 作業の後、地域の人と一緒に食べた旬野菜のてんぷらや田舎ずしとお酒はとっても合いました。❖吉村沙貴さん(20)

お酒はオールラウンダー 

尾崎雅子さん(32)
ワインは料理に合うか合わないかはっきりしていますが、日本酒はお鍋から白和えまで守備範囲がすごく広くて驚きました!

もちろんカツオやトマトにも合う!

鬼田知明さん(45) 鬼田酒店 店主
脂ののったカツオを食べるなら、旨味とキレのある力強いお酒が合いますね。お魚にゆずや酢みかんを絞ってかけるように、高知の果実を使ったリキュールも魚とよく合います。

■ 淡麗辛口と言えば、土佐鶴、酔鯨、瀧嵐、藤娘、菊水。 カツオ一本釣りの町の久礼もよく合う!

麻岡哲也さん(49) ファーム輝 代表
うんと濃密なフルーツトマトに合うは、やっぱりフルーティで濃厚でパンチのある酒。また、トマトは調理すると「旨み」を感じやすくなると言われ、チーズや魚や肉など合わせる食材、さらに熱の入れ方によっても味わいが変わるので、いろんな組み合わせが可能です。

■ 味が濃くフルーティと言えば、南、安芸虎、文佳人。 甘口だけど酸味の高い亀泉のCEL24もGood!

ヒラメのカルパッチョ、はちきん地鶏のレバーペースト リンゴ系(CEL系)のさわやかな香りの純米吟醸酒に。

香りに合わせた創作料理!

山本巧さん(42) ス・ルラクセ店主
3年くらい前、酒屋さんに紹介された安芸虎を飲んで高知のお酒に目覚めました。いろんな酒蔵のお酒を飲むと、その香りの個性はとても幅広い。野菜、肉、魚、高知の食材にもよく合うので、刺身や和食に限らず、幅広い料理と楽しめます。

■ 上品な香りの土佐しらぎく、ほどよい香りの豊能梅。 すっきりとした山田太鼓や桂月も食中にオススメ。

四万十鶏とナスのトマト仕立て、きんいらごぼうのピザ  メロン系、バナナ系(A系)のわりと味のある純米酒に。
高知県には東は田野町、西は四万十市まで18の酒造メーカーがあります。森林が豊かな水を保つ山間部から太平洋に面した海岸部まで、その酒の表情は多種多様です。

高知県内の酒蔵メーカーと地域、代表銘柄

濱川商店(田野町)美丈夫、慎太郎
② 南酒造場(安田町)南、玉乃井
土佐鶴酒造(安田町)土佐鶴
菊水酒造(安芸市)菊水
有光酒造場(安芸市)安芸虎、赤野
仙頭酒造場(芸西村)土佐しらぎく
高木酒造(香南市)豊能梅
⑧ アリサワ(香美市)文佳人
松尾酒造(香美市)山田太鼓、松翁
酔鯨酒造(高知市)酔鯨
亀泉酒造(土佐市)亀泉
土佐酒造(土佐町)桂月
高知酒造(いの町)瀧嵐
司牡丹酒造(佐川町)司牡丹
西岡酒造店(中土佐町)久礼、純平
文本酒造(四万十町)桃太郎
無手無冠(四万十町)無手無冠
藤娘酒造(四万十市)藤娘

お酒はどちらかというと苦手だったのですが、スパークリングのお酒はしゅわっと炭酸がきいていて、 お酒のイメージを変えてくれました。 ❖山岡詩穂さん(24)

発泡のお酒でもっと華やかに

河野由紀子さん(49)

食後のデザートには発泡性のお酒がいいですね。 ガトーショコラなんか、意外においしい組み合わせです。 色のきれいなグラスに入れたりすると、とてもおしゃれな雰囲気になります。

甘〜いお酒をスイーツに  大久保憲之さん(45)

「桃太郎」を飲んで、舌の上でとろっとした甘みのある味のトリコになりました。 甘口のお酒はフルーツによく合うし、お酒とフルーツソースを混ぜてかき氷やアイスにかけると、大人のスイーツにGood! デザート系には、発泡の美丈夫のうすにごり、甘口の桃太郎。リンゴ系の香りのお酒はどれもいい感じ♪

初めてお酒をおいしいと思ったのは、南の出品用のお酒。きれいな味と香りに、これがお酒?!とビックリしました。 最近、知人のフランス人が日本酒に目を向けていて、日本人の私こそお酒を語れるようになりたい! ❖齋藤香里さん(43)

仲間と一緒に飲み比べ  黒木圭子さん(45)

20年以上お酒を飲んできましたが、最近はフルーティなお酒が多くなりましたね。香りがよく立つので、お酒は常温で飲むのもおすすめ。仲間と集まってちょこちょこ飲むと、話も弾んでいい感じです。

┃COLUMN┃ 悪酔い対策に、和らぎ水

最近、お水を片手にお酒を飲む「和らぎ水」という習慣が広がっています。お酒と同量、または2〜3倍のお水を飲むと二日酔いしないという人も。お酒は酔う、二日酔いが怖いという方は、ぜひ試してみてください。

季節のお酒を楽しむ  木村優介さん(23)

居酒屋でアルバイトし始めて、日本酒好きに。冬の新酒からはじまり、春先にお酒の種類が増え、夏酒や、秋のひやおろしと、季節を楽しむことができます。僕はまだ炭酸が残り、ほんのり甘い、新酒が好きですね。

┃COLUMN┃ 旬を見分けるキーワード

新酒:酒造年度内に発売されるお酒のこと。しぼってすぐのお酒はフレッシュさが魅力! ひやおろし:秋口まで蔵で寝かせたお酒のこと。落ち着き感が漂っています。

温度ひとつでがらりと変わる  白木亮一さん(39)

高知18蔵全てのお酒を飲みましたが、最近ハマっているのが、お燗。香りにくせのあるお酒でも、お燗にすると全く違う顔になります。特に、食米ヒノヒカリを使った無手無冠のお酒は魅力が際立ちます。

┃COLUMN┃ お酒の温度

雪冷え(5℃)から飛び切り燗(60℃)までお酒の温度を表す言葉は10以上。大きめのお椀にお湯を注ぎ、その中に小さめのグラスを入れると食卓でお燗が楽しめます。好みの温度がわかると、お酒の楽しみ方もぐっと広がります。

普段はお気に入りのイッタラのグラスでお酒を飲んでいます。 お店でも、おちょこを選べるとより香りを楽しめますね。 ❖島村学さん(35)

┃COLUMN┃ ちょっと大きめのグラスで

香りを楽しみたい時は、ワイングラスで飲むとより香りが広がります。また、大きめのグラスは氷を浮かべたり、炭酸で割ったり、幅広くお酒を楽しめます。

┃COLUMN┃ 一番大事な保管方法

お燗で味や香りが変わるように、お酒は常温で置いたり、日光に当てるのは厳禁! 要冷蔵と書かれているお酒は、冷蔵庫で保管しないと味が変わります。