高知県の歴史に触れる県史特集「受け継がれる 暮らしと文化財」

今回のテーマは、活用される登録有形文化財。 藩政末期の暮らしを残す貴重な建物を舞台に
才気あふれる起業家と家族が繋いできた かけがえのない老舗喫茶店の歴史を訪ねた。


この建物が登録有形文化財に認定されたのは平成15年。屋内の畳に使われているのは、土佐ならではの古い寸法体系で、江戸時代末期の暮らしぶりを今に伝える貴重な民家として評価された。

160年もの時を刻む 歴史ある建物に ゆったりと寛げる喫茶

文化財とは、地域で受け継がれてきた歴史や暮らしの記憶を今に伝えるもの。その中でも「(国指定)登録有形文化財」には、今なお現役で活用されながら保存されている建物が多く、地域に息づく文化を、目に見えるかたちで繋いでいる。田野町でおよそ40年続く老舗「茶房 千福」も、そんな登録有形文化財のひとつ。ここでは、土佐の伝統的な建物構造はもちろん、喫茶を生業としてきた家族の大切な思いも、日々受け継がれている。  お話を聞かせてもらったのは、千福の2代目店主、小笠原さん。「この建物が建築されたのは藩政末期の頃で、今から160年ほど前のものになりますね。当時は田野の郷士が暮らしていたと考えられていますが、実は明確な資料は残されていないんです」という。それでも屋敷には安政2年(1855年)と記載された大きな祈祷札が残されており、柱や梁といった建物の骨組みも、ふすまを開放すれば広間になる間取りも、当時の建築や暮らしの文化を見事に伝えている。

「千福」という名称は、喫茶店がある周辺地域の名称でもある。すぐ横には「千福神社」も立っている。

歴史ある建物で 祖父の才覚が発揮され 愛され続ける喫茶に

「私の祖父・佐野正輝(さの まさてる)が昭和45年頃にこの建物を買い受けまして、そこから10年ほどは、私たち家族の住居だったんです。私が小学生の頃に使っていた自室もあって、今ではその部屋、客席になってるんですよ(笑)」と小笠原さん。正輝さんは、電気屋やガソリンスタンドも営んでいた起業家で、「茶房 千福」のお店づくりも、「照明はこれ、家具はオーダーメイドで、配置はこうで」と、正輝さんの手腕によるものだそう。「初代の店長は私の祖母でした。お店は開店当初から大盛況で、とても忙しそうだった光景を覚えています。当時、私が『進学で県外にでたい』と言ったら、祖父は『将来、この店を継ぐならいいだろう』って。祖父の言葉通りになっていますね」。

店に立つ佐野三花(みはな)さんは、将来の3代目店主(上写真)。和風スイーツなど、新しい名物も生まれており、SNSなどをきっかけに、若者も多く訪れている。

受け継がれるのは この建物の歴史と そして、この家族の歴史

お店のこれまでを振り返って一番大きな出来事だったのは、「やっぱり祖父が亡くなった時ですよね」と小笠原さん。「『これから誰に指示してもらったらいいんだろう』と途方に暮れましたが、『新しいことよりも、とにかく現状を維持するために、家族で精一杯やろう』と。そんな努力を続けるうちに、どこか緊張がほぐれてきたのかもしれません」。正輝さんが亡くなった後、建物は登録有形文化財に。保存をめぐる課題もある中、小笠原さんは「ただ文化財だからではなく、祖父や家族、それにこの建物で暮らしてきた人たちを思うと、『やっぱり残さなきゃ』って感じるんです。古い建物の維持は大変ですけど、そのためにも喫茶を続けていきたい」と話してくれた。

こちらの一室が、小笠原さんの自室だった場所。一番人気の客席になっている。