上映会で高知に映画を!

上映会で高知に映画を!

映像文化の中心が映画館からテレビへと移り変わってゆく時代、高知で上映される映画の本数は下火に。 そんな中「高知にもっと映画を持ってこよう!」と、自主上映活動に奔走する若者たちがいた。


見たい映画 見られるべき映画を

高知に橋渡しする

右:高知県立美術館 館長 藤田 直義さん
昭和30年、高知市生まれ。大学卒業後、高知にUターン。四国銀行に勤務しながら、自主上映活動に参加。やがて高知県立美術館に移り、平成19年、現職に就任。

左:高知の映画文化に詳しい 山本 嘉博さん
昭和33年、高知市生まれ。昭和55年に高知県に入庁し、平成5年には高知県立美術館の立ち上げにも携わる。著書に「高知の自主上映から」(発行:映画新聞)。

昭和50年〜平成10年代 高知で自主上映活動が盛んに!

興行優先ではない、多様な映画を上映する活動が高知で盛り上がる。自主上映活動は全国的なブームでもあった。

個性を尊重する 鑑賞会から いくつもの 上映活動が 生まれていった

「高知は全国的に見ても自主上映活動が盛んだ」と言われる。その理由を教えてくれるのは、当時の上映活動の中心にあった「高知映画鑑賞会」に参加していた、藤田さんと山本さんだ。「都会の大学を卒業して帰ってきたら、高知では見られる映画が少なくて。上映会を頻繁にやってたのは、要するに、自分たちがもっと映画を見たかったからだね(笑)」。その情熱は、都会と地方の文化的なギャップを埋める活動そのものだ。高知映画鑑賞会では、活動を牽引した川崎康為(かわさきやすい)さんが上映会のノウハウを仲間たちに開放し、それぞれの個性を尊重したことから、さらに多くの自主上映会を生んでいった。

"だって好きな映画は違うから"

高知のオフシアターの自由な精神は 県立美術館の中にも受け継がれた

「B級映画とか前衛映画とか、作家性が強いもの、オシャレで都会的なもの…。上映団体ごとに嗜好が違って、いろいろな映画が高知で見られるようになった」と山本さん。地元に映画好きの風土を育むことはもちろん、それぞれの上映会の主催者たちが、違った個性を持ちながらも高知映画鑑賞会でつながり続けたことは、いかにも高知人らしい。  また、高知の自主上映活動が、例えば都会のように、常設されるミニシアターの設立に向かわなかったことも、高知らしい展開だと山本さんは指摘する。その代わりに進めたのは「公共上映」という考え方に基づく文化行政への進展だ。  平成6年に、当時開館したばかりの高知県立美術館に、企画担当として藤田さんが就任。市民の自主上映活動のノウハウが公共施設に入っていった。「映画は地域の芸術文化を高めてくれるもの。それを支えるのは公共事業の役割だと考えて」と藤田さん。以来、高知県立美術館では、積極的に映画をアートとして扱い、映画監督の特集上映会や、地域の上映会と連動する映画祭を展開。その活動は、まるで映画館さながら。藤田さんは「近年では、海外の権利元と上映権の直接交渉に取り組み始めており、今後上映する作品の幅を広げたい」と次の展開を語ってくれた。

高知県立美術館では、令和6年に原一男監督の上映会やトークイベントも開催した。

高知で見られる 上映会

シネマ・サンライズ

高知映画観賞会でも活動していた吉川修一(よしかわしゅういち)さんによる、毎月上映会(高知県立美術館ホール)。スクリーンでの鑑賞にこだわり、秀作映画を上映。

あかつきシアター

黒潮町の「大方あかつき館」で定期開催されている上映会。レンタルになる前の作品を中心に上映。主催は、四万十市「スタジオウェイブ株式会社」の米津さん。

シネマの食堂

主催は「高知県映画上映団体ネットワーク」。県内各地で自主上映会を開催している団体や映画ファンが集まって行われる上映イベント。