高知の風土に育まれた「土佐人」たちは 今日もそれぞれの分野から「土佐の風」を発信
そこに新たな文化を重ねながら…
好きな映画を一緒に楽しみたいから。
地元の映画ファンと続けていく上映会。
GUEST
ゴトゴトシネマ 主催／前田 誠一さん
地方の街で憧れた カルチャーとの出会い
映画は世界を知る窓口
高知市土佐山地域にある「ゴトゴト石」は、山中の崖の縁に立っている。とても大きな岩なのに、子どもの力でも「ゴトゴト」と簡単に揺れていたそう。しかし、決して崖から落っこちない、不思議な岩だ。高知市でドキュメンタリー映画などを中心に上映活動をしている「ゴトゴトシネマ」は、この土佐山地域から始まった。「結局、ただ自分が好きなものを誰かに勧めることが、大好きなんでしょうね」と、代表を務める前田さんは子どものように笑う。 前田さんの少年時代は、昭和50年代の中村市（現四万十市）の市街地にさかのぼる。「街には『太陽館』という映画館があって、昔の映画文化らしく、上映は２本立ての入れ替えなし（笑）。鑑賞料も安かったし、見たい映画があったら、一日中客席に座って何回も見ていましたね」。地方の街にいながら、映画や音楽の雑誌は欠かさず購入し、最前線のカルチャーを吸収していた前田さん。なにより原体験になったのは、テレビだった。「当時は曜日の名前がついたロードショー番組がたくさんあって、フランス映画とか、ハリウッドの映画とか、いろんな作品をテレビで見ることが好きでした。ドキュメンタリー番組も大好きで、欧米とは違う未開社会の文化に興味を抱いたり。まさに映像が世界を知る窓口だったんです」。
土佐山にある桑尾公民館。ここで上映会を始めた前田さんは、当時、手芸店で購入した布などで自作したスクリーンを使っていたという。
東日本大震災の後 思いが向かったのは
土佐山地域の上映会
やがて高校を卒業後、前田さんは東京の大学へ進学。都会のカルチャーにどっぷりと浸かり、自ら油絵も描いていたそう。社会人になると、オーガニック食品を扱う会社に就職。「食べ物ひとつとっても、ちゃんと考えている人たちは、文化的にも造詣が深くて。結局、ここで食や農の情報を発信する仕事に収まりました」。やがて子育てが始まったこともあり、千葉県の房総半島に家族で移住。家庭菜園を楽しむなど、穏和な田舎暮らしが続いていくかと思っていたが、平成23年、東日本大震災が発生。前田さんは高知へのUターンを決意した。そうして移り住んだのが、高知市の土佐山地域だった。 「高知市で当初働いていた高齢者施設で映画の上映会を開催しようと、16㎜フィルムの映写技師の資格を取ることになったんですね。その講師が西岡恭一（にしおかきょういち）さんという方で、なんと土佐山の桑尾（くわお）のご出身で。「昔は桑尾でも上映会をしよったよ」と教えてくれたんです」。西岡さんが話してくれたのは、真っ暗な山あいの野外上映会の思い出だ。なんとスクリーンと映写機の間に自動車道が通っていたため、時々やってくるバスやトラックの車体に、映画の光が映り込んでいたという。まるで映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のワンシーンのような話に、前田さんは土佐山での上映会の復活を考えるようになる。
ゴトゴトシネマは
高知の映画ファンと一緒に続いていく
「地域を盛り上げよう」という声もあって、平成26年12月、第一回目の「ゴトゴトシネマ」が開催。確信したのは、「自分が本当に見たいと思う映画を企画していきたいし、その面白さを誰かに共感してもらうことが大事」ということだったそう。活動を続けて規模が大きくなるにつれて、平成28年からは、高知市内でミニシアターを備える喫茶店「メフィストフェレス」に会場を移した。以来、ドキュメンタリー映画を中心に、シネコンでは上映されない作品を企画し、地元の映画ファンを喜ばせている。 そんな前田さんが驚いたのは、映画が終わっても観客が席を立たず、アンケートにびっしりと感想を書いてくれることだ。上映する映画を借りる制作や配給の会社からも「高知の映画ファンは感想を書いてくれる人が多い。他県ではありえないくらいですよ」と言われるほど。
「ゴトゴトシネマがやっていけるのは、面白がって参加してくれる地元の映画ファンがたくさんいるから。やっぱり高知には、映画好きの風土があるんだと思います」。 上映会を開催した夜、前田さんは観客から寄せられた感想を、一枚一枚じっくりと読む。「それが最高の時間なんですよね」と教えてくれた。
エフエム高知で毎週金曜日に放送中の「プライムトーク」に出演した時の前田さん。前田さんの出演回は、令和6年3月22日、3月29日の2週にわたってオンエア。