昔々にあったとさ「塩ふき臼」

伝え継がれる土佐物語

「漁師すくった庄屋」

とさぶし昔話

 今から三百年ぐらい前、佐賀の大町に九兵衛さんという庄屋がおったと。ある年ひどいひでりが続いて、漁師たちは沖へ出ても、じゃこ(雑魚)一尾取れん、かつえ死にするような暮らしじゃった。そんなことが長い間続いたある日、待ちに待った雨が降ってきた。  

 それはしのつく豪雨で、伊与木川の水があふれ、つないであった小舟の全部が流されてしもうた。皮肉なことにたった一日の大雨で、漁師たちの命の手だてが奪われた。漁師たちは、力なく浜へ座り込んで沖を眺めた。と、ぷかりぷかり流れてくる大量の材木があった。「おお、これで舟が作れる」。われ先に海へ飛び込んで、流木を引っ張り上げたが、それには「お上のもの」という角印が押されていた。けんど、九兵衛さんは止めざった。今、漁師たちを救うには、この材木しかないと思うた。  

 「流木を拾うたもんはおらぬか」。お上の調べが始まった。九兵衛さんは「漁師たちに罪はありません。私が許して拾わせました」と申し出て、罪を一身にかぶろうとした。これを聞いた漁師たちは、 「九兵衛さんを死なすな。九兵衛さんを助けよう」 と、みんなでそろって、中村の奉行所へ嘆願に行った。集落の入り口、椎の木坂で、奉行所からの助命の知らせを持ってくる早馬を、漁師たちは今か、今かと待っていた。「おっ、来たぞ」と誰もが早馬について走ったが、時遅く、知らせが大町に着いた時、九兵衛さんは切腹した後じゃった。九兵衛さんをまつったほこらは漁港にあり、漁師の神様として信仰されている。

義民伝説

義民伝説

「水戸黄門」などの時代劇に登場する庄屋は、おおかたが農民、漁民、町人などを苦しめる悪人である。ところが、土佐の庄屋さんは例外。農民や漁民のために、その身を犠牲にし、領主に直訴して、処刑されるケースが多い。漁民のため、我が身をささげた佐賀の大町九兵衛と同様の人物が、お隣の大方町伊田(現・黒潮町)にもいた。掛川新吉という人物であり、現在、伊田の観音寺本堂の裏(現在は横)にその墓がある。ホッパンという風土病にご利益あり。

出店 土佐おもしろ人間烈伝

著者 市原麟一郎

天衣無縫に生きた土佐おどけ者の生き様に惹かれ「近代土佐における、おどけ者の探求」を行い、数々の民話を発行。そんな市原麟一郎氏が惹かれたおどけ者は「いごっそう」「どくれ」「ひょうげ」「そそくり」「かんりゃく人」「のかな奴」「おっこうがり」「てんごのかぁ」「ごくどうもん」など。