伝え継がれる土佐物語
「しばてん」
大正のころ、羽根村に留やんという大工がおった。ある時、嫁にやった娘に子供ができそうないうき、朝まだ暗いうちに隣村へ出かけた。と、土橋までくると「オンチャン」と呼ぶ声がするき振り向くと、こびんす(小坊主)がニコニコ笑いながら立っておると。「おんしゃ、なんの用なら」いうと、「オンチャン、すもうとろよ」と、あんまりしつこうに言うき、とうとう相手になってとり始めたそうな。留やんはそれこそ力いっぱい、こびんすを投げつけた。けんどなんぼ投げられても、こびんすは平気の平左、留やんはカッカして、力いっぱいこびんすをねじつけて、泥の中へ押しつけると「どうじゃ、参ったか」いうと、後ろの方から、「オンチャン、ここぜよ」いう声がするき、振り向くとこびんすが、涼しい顔でニコニコ笑いよる。
もう今度こそハラワタが煮えくりかえりそうになって、飛びかかっていこうとすると、
「こらこらおまん、そこで一体なにをしゆうぜよ」こういうて寄ってくるもんがおると。
「あしゃ、こびんすをやっつけゆうけんど、どういても勝てなあよ」
留やんがこういうと、その男の人は、 「おまん、自分をみてみいや。ひとりぜよ。誰っちゃおりゃせんに、そりゃ石ぜよ」いわれて留やんはハッと気がついたと。一人で田んぼの中を転げ回って泥まみれになっておった。「おまん、シバテンに化かされちょったがよ」「ありゃシバテンじゃったか」留やんは頭をかいて恐れいっちょったと。
現代も親しまれるしばてん
「しばてん」は芝天狗を略した言葉で、土佐独特の妖怪。「しば」は小さいの意味で「てん」は天狗のこと。現在でも、高知の風物詩「土佐のおきゃく」や宴会の席でしばてんの顔を描いた手拭いをかぶり、音頭に合わせて踊る「しばてん踊り」として、親しまれている。