土佐の名建築【茅葺】〜時代を超え、 日本昔話の 世界へ…〜

歌人 吉井勇の心を 癒し育んだ 味わい深い茅葺の草庵
香美市の物部川沿いを上流へ、山峡の閑静な村・猪野々にある吉井勇記念館の側に「渓鬼荘」を見つける。多くのアーティストが歌声を重ねてきた名曲「ゴンドラの唄」で知られる、昭和の伯爵歌人・吉井勇が隠居生活を送った山房だ。吉井の高知での生活を支援したのが伊野部酒蔵の伊野部恒吉であり、彼の酒蔵にあった隠居所をもらい受けたのがこの草庵のいわれ。都会育ちの吉井は、四方を山に囲まれ、郷愁さえ感じるこの風景に心惹かれ、この草庵をとても愛した。

「渓鬼荘」は、猪野々の牧歌的な景色によく馴染む厚みと丸みを帯びた茅葺き屋根の小宅で、6畳の居間と4畳半の書斎、広縁からなる簡素な建物だが、天井や床の落掛の造作など風情溢れる数寄屋造りの様相を見ることができる。農村の静かなこの場所で独り3年間を過ごした吉井は、移住前、自身の妻が関与した「不良華族事件」による傷心をひっそりと癒し、「猪野々は人間修行の場であった」と言葉を残している。その当時に、ここで生まれた歌も多数あったと吉井勇記念館の山中館長は教えてくれた。