山本直子さん 〜 プライムトーク 〜

 建築士である父の背中を見て育ち、誰に言われるでもなく自ら選んだ建築の世界。新しいものを「つくり」、古くからあるものを「守る」。自分の中にある建築物への思いを大切にしながら、いつか叶えたい夢に向かって邁進する一人の女性建築士の物語。

東京でのめり込むように建築を学び そして生まれ育った高知へ帰郷

 まだ2、3歳だった頃の幼少期、おぼろげな記憶の中にあるのは、父に連れられて行った「建築の現場」。剥き出しの柱や梁があるそこは直子さんにとって一つの遊び場に過ぎなかったが、高校生になって進路を考えた時、選んだのは父と同じ「建築士」を目指す道だった。「父の仕事部屋にあったアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトの写真集を見て衝撃が走ったんです。私もこんな建築をつくってみたいと。そこから父の勧めもあって建築コースのある美術系の大学を目指しました」。そして東京造形大学に進学し、2年間は総合的なデザインを、後の2年間は建築を専門的に学んだ。しかし卒業してからももっと建築の勉強がしたいと、早稲田大学が夜間に設置した専門学校「芸術学校」でさらに2年間建築について学び、卒業後は東京の設計事務所で3年間働いた。「毎日山手線に乗って渋谷にある事務所に通勤していて、山が見えない生活が当たり前になっていましたが、私の中の山エネルギーが切れてしまったんでしょうね。いつかは帰ろうと思っていた高知に帰る決断をしました」。そうして直子さん27歳の時高知に戻り、父・恭弘さんが所長を務める「聖建築研究所」に入った。

「残したい」と思われる家づくりを そして新たな建築物への挑戦

 直子さんの父・恭弘さんが1975年に立ち上げた「聖建築研究所」は香美市土佐山田町に所在。住宅、店舗、公共施設の設計や工事監理業務、そして古民家のリノベーションなどを行なっており、山本家の家族3人ともう1人、計4名の一級建築士が在籍している。「大きな建築には社会に影響を及ぼす力があります。仕事を依頼された際は、施主様の希望や思いをかたちにすることはもちろん、周辺環境との調和も意識しています」。また、事務所として使用している建物は築100年を超える古民家をリノベーションしたもので、2002年にはギャラリー「樹下の舎(こしたのや)」を併設。木でできていることの強みを活かして、壁を抜いたり、新たなスペースを作ってみたりと、室内のレイアウトを自由に変えながら大切に使用されている。「家は、残したいという家族の思いがあり、きちんと手入れをすれば100年以上持ちます。私も『残したい』と思ってもらえるような家をつくっていけたら」。高知に帰ってきて約15年、これまで主に住宅を手がけてきた直子さんだが、今から約4年前より大きな公共施設の建築に携わっていた。工事は2019年秋に終わり、いよいよ2020年春のオープンを控えている。土佐市の複合文化施設「つなーで」だ。

 

「つくる」と「守る」を並行 いつかは叶えたい思いを胸に

事務所のデスクでCADを使って製図している様子。立体的な空間を頭に思い浮かべながら。

 直子さんにとっても、「聖建築研究所」にとっても、初の大規模公共施設となった「つなーで」の建築。東京の建築設計事務所「マル・アーキテクチャ」とタッグを組んだ約4年に渡るプロジェクトで、建物は無事に完成。後はオープンを待つのみと、直子さんの大きな肩の荷もひとつ下りたところだ。「この4年間は本当に大変でしたが、凄くいい経験をさせていただきました。『つなーで』が市民の皆様にどのような影響を及ぼし、受け入れてもらえるかドキドキしています」。このように、建築士として多くの建築物を手がけている直子さんだが、本業にも関係する幾つかの団体に所属し、活動を続けている。そのうちの一つが「高知県建築士会ヘリテージ学団あっちこうち」。高知県に根付く素晴らしい文化財を発掘・発見し、地域の活性化を促すことを目的とした団体で、団員がこれまで室戸市の「岬観光ホテル」や佐川町の「旧竹村呉服店」などを登録有形文化財へと導いた。新しいものを生み出すだけでなく、古くからの歴史も紡いでいく…。「いつか町並みをつくりたい」という胸に秘めた思いはきっと、直子さんらしく新旧の建物がうまく調和した豊かな風景となって実現するだろう。


FM高知で毎週金曜放送中のラジオ「プライムトーク」に出演した際のスタジオの様子。直子さんの出演回は2019年12月27日、2020年1月3日の2週に渡ってオンエア。