土佐和紙と恋に落ちた 紙漉き職人

海外から支持される 土佐和紙

高知県の指定文化財として土佐和紙ブランドを今に受け継ぎ、世界に発信する製紙所がある。千年長持ちする和紙と言われる土佐清帳紙を漉く仁淀川町の「尾崎製紙所」だ。和紙の中でもとりわけ高級紙として、紙問屋を通じて芸術家や書道家のもとへ届けられ、そのファンは遠く海外にも。特有の質感や書き味に魅せられ、その制作現場を一目見たいと、わざわざ製紙所まで訪れる芸術家も少なくない。そんな紙漉きの技術を絶やすまいと奮闘する若手夫妻を訪ねた。

紙漉き一筋の一家に 生まれて

「紙漉きは我が家の財産だから5代目をつくるのが私たちの役目」、そう語るのは、尾崎製紙所で4代目手漉き和紙職人を努める片岡あかりさん。1930年の創業より88年、代々受け継がれる紙漉き一家に生まれ、紙漉き職人として15年。「現代の名工」であるお爺さま、「伝統工芸士」であるお母さまの後を追う。尾崎製紙所は昔のままの製法を受け継ぎ、原料から畑で育てる全国でも希少な製紙所。「和紙を作るのは、まず山から流れる仁淀の水。次にこの土地で育った原料。技術は最後の最後」。そんな先代のモットーを受け継ぎ、動力化・機械化が進むなか、自然の中で手作業を続ける。紙をつくるのは、水・大地・太陽。人はあくまで自然を生かすというのが、尾崎製紙所のスタイルだ。

畑で育てたコウゾを蒸して皮を剥ぎ、加工して水に浸け、煮て流水にさらし、チリ取り…。それらの行程を経て紙漉き。熟練の技で漉かれた和紙は、日当たりの良い山の斜面に運ばれ、1枚ずつ天日に干されてようやく完成する。これら全てを自家製で行なうのは全国でも稀だ。 ※写真/©Eisaburoh Hosogi

表舞台と現実の狭間で…

統を受け継ぐ姿は素晴らしくも、現実は農作業と工場作業。いずれも肉体労働と地道な手作業の繰り返し。後継者とはいえ、思春期には心が揺らいだこともあった。「別の道を進もうとしたときもあったんですよ。幼い頃から家族の色んな苦労を見てきましたから。でも、海外から和紙を求めて訪れるアーティストと触れ合い、和紙が素晴らしい作品になった姿を目の当たりにして、その気持ちに応えたいと和紙を漉くうちに、自然とそれが私の生活そのものになっていったんですよね」。そう言って微笑む表情には、もうその頃の迷いは感じられない。

二人三脚で未来を描く

そんな想いに応えるかのように、夫・久直さんが公務員を退職、紙漉き職人としての道を歩み始めた。きっかけは4年前、尾崎製紙所の納経帳が取り上げられたNHKのドキュメンタリー番組。そこで目にしたのは、普段目にする家族とは違う、日本の伝統工芸を担う逞しい一家の姿。「この伝統を絶やしてはいけない…」と胸に誓った。ときを同じくして、兼ねてより細々と手づくりしてきた納経帳(四国88ヶ所お遍路用の御朱印帳)がヒット。2人の未来に追い風が吹いた。それを機に、念願のアンテナショップ「Kaji-House」を新設。昨年には、世界の腕時計ブランド「シチズン」の文字盤に土佐清帳紙が採用。イタリアやフランスをはじめ、海外で活躍する芸術家からの注文が増加するなど、土佐和紙の実力・素晴らしさを世界に伝える。


土佐和紙トリビア

土佐和紙の伝統を伝える もう一つの高知県指定文化財 世界一薄い「土佐典具帖紙」

高知県の指定文化財とされる土佐和紙は「尾崎製紙所」が漉く土佐清帳紙をはじめ、土佐典具帖紙、須崎半紙、狩山障子紙、土佐薄様雁皮紙の5種類。その中でも技術が絶えることなく現代に受け継がれている和紙は2種類。一つが土佐清帳紙、もう一つはいの町をはじめとする製紙所でつくられている土佐典具帖紙だ。カゲロウの羽とも言われる、その紙の厚みはわずか0.03~0.05ミリ。世界一薄くて強い和紙として、絵画等の修復に使用されている。国内外の文化財・国宝修復をはじめ多方面で使用され、国の重要無形文化財に指定。人間国宝として知られる故・浜田幸雄さんの漉いた和紙は、バチカン市国・システィーナ礼拝堂の天井画の修復などに使用されていたことでも知られる。機械漉きの典具帖紙の普及に押され手漉きの需要が減少、技術者は激減したものの、海外などからの需要にも支えられ、その伝統的な技法は今も尚、伝承されている。