特集5 おいしい高知の「せ」

「醤油は贅沢(ぜいたく)!」。明治・大正生まれは口を揃える。醤油の原料は大豆、小麦、塩、水で、味噌と似ているものの、お酒と同じような一石(180リットル)桶で長期間熟成させて造るため、大きな納屋のある裕福な農家しか造れなかった。そのため、山間部では絞った後の醤油ガラに水を入れて炊いたり、味噌桶の上にたまった「たまり」を代用したり、香長平野では浜から売りに来たジャコの煮汁「いり汁」と醤油を半々に混ぜて使ったりしたという話が残る。

瓢箪からしょいの実?!

山本日出子さんと夫の正弘さん(94)。

300年以上の歴史を持つ土佐の日曜市。長年通うお客さんが「自家製のしょいの実がうんとおいしい」と、こっそり教えてくれた。しょいの実とは醤油の実のこと。熟成したもろみを絞り切らず、醤油の風味豊かな状態でそのまま食べる。
 20歳で高知市薊野の農家に嫁いだ山本日出子さん(88)は、半世紀、自宅で醤油を造ってきた。舅(しゅうと)と姑(しゅうとめ)が醤油や味噌を造っていて、「※こやらいしもって、何石も仕込んだこと。手づくり醤油は匂いが違うし、味が濃い」。
 醤油は毎年7月から9月に仕込み、年の瀬には竹で編んだ簾を桶に差して、細かい隙間からしみ出した液体の上澄みをすくって正月料理に使う。1年寝かせたら、もろみを絞り、買い求める近所の人に分けていた。

もろみの入った桶に沈めて醤油をとる竹の簾と、かきまぜる櫂(かい)。


日出子さんの醤油の製麹(せいきく)のメモ。昭和27年頃からこのメモどおり原料の大豆と小麦に菌を繁殖させてきた。「うまくいったら、※黄いな花がつく。黒うなったら失敗」。

 「※あこのしょいの実はうまい」。全国的に醤油の消費量が減り、食卓からも影を薄くしつつあった30年ほど前、日曜市の店先に野菜の苗と共にしょいの実を並べると、意外にもあっという間に人気の品に。以来、日出子さんは醤油を絞るのをやめ、しょいの実をどっさり市に並べて売ってきた。
 料亭濱長は日出子さんのしょいの実をカツオと生姜をそれぞれ同量で炊き合わせ、手作り豆腐にのせて前菜として出していた。料理長の徳田秀次さん(49)は、「見た目は赤味噌のようだけど、独特の香りで塩気も強い。おむすびやお茶漬けにしてもいいし、酒のアテにしたら最高」と大絶賛。
 醤油造りの工程の途中のものが、新しい商品になるかもしれないと注目を浴びている。

地域の味を支える地醤油屋さん

醤油に砂糖?! 幡多の醤油には砂糖や甘味料が入っていて、定番の濃口(こいくち)醤油よりも、さしみ醤油の方がさらに甘い。四万十市中村にはマルサ醤油とマルバン醤油の2つの醸造場があり、地元ではマルサ派、マルバン派がそれぞれ好みを語り合う。
 醤油醸造場のない土佐清水市のスーパーマーケットに、「地元の味」というPOPのついた醤油を発見。「刺身にはこの醤油に決まっちょう」と漁師がすすめるのは愛媛県宇和島で作られる「フジマツル」の甘口醤油。サバ漁師の妻たちは、さらに砂糖やみりんを加えたたれに清水サバを漬け込み、甘〜い「漬け丼」を作ってふるまう。
 かつてマグロの水揚げで沸いた室戸市にも醤油醸造場はない。漁師に聞くと、「甘い醤油では刺身は食えん!」と一蹴。スーパーマーケットには全国大手の醤油が並ぶ。20年ほど前までは安芸市は5社の醤油醸造メーカーが集積する産地だったが、今はもうない。
 現在、高知県では8つの小規模な醸造所が「地域の味」の醤油を造っている。

1955年、全国に約6,000社あった醤油工場は、2014年には1,297社に減った。年間78万キロリットルの出荷量のうち、大手5社が全国の約半分を生産する。高知県には8社の醤油醸造メーカーがあり、年間558キロリットルを出荷する。

❶ 株式会社畠中醤油  香南市香我美町岸本157-1 ☎ 0887-54-2638
❷ ケンシヨー食品株式会社  高知市一宮東町1丁目30-5 ☎ 088-845-1050
❸ 今田醤油醸造場  高知市はりまや町3-20-4 ☎ 088-882-6693
❹ 大高醸造株式会社  高知市梅の辻21-8 ☎ 088-833-0417
❺ 有限会社丸共味噌醤油醸造場  須崎市中町1-2-21 ☎ 0889-42-0129
❻ マルサ醤油合資会社  四万十市中村本町5-13 ☎ 0880-35-2975
❼ マルバン醤油株式会社  四万十市中村京町3-8 ☎ 0880-35-2238
❽ 谷坂醸造有限会社  宿毛市中央6-1-5 ☎ 0880-63-2209

土佐弁講座…※こやらい:育児、子どもの世話  ※あこ:あそこ  ※黄いな:黄色い