パン屋を巡り、200種以上のパンを食べ歩き、facebookで読者と交流してきたとさぶし編集部。
なんだか気になる高知のパンを集めてみました。
お菓子屋さんがつくるたった1つのパン[河野カステラ店]
風味や食感を追求し、30年かけて完成させた。角食パン、山食パン、直火焼きのソフトフランスの3種類に焼き分けている。(室戸市吉良川町甲2126-8)
洋酒にピッタリのクロワッサン[Walton Bar]
マスターが自分の店を出す前、ヨーロッパで出あったクロワッサン。帰国後、舌を頼りに試作を繰り返した。決め手はバターの量。20年続く、知る人ぞ知る夜のパン。(高知市廿代町9-11 2F)
カスタードを挟んだクリームパン[ワールドベーカリー]
食べてビックリ。噛まずともスルスル食べられる。この食感は、焼いたパンに自家製のカスタードを後で入れているから。(高知市旭上町30-5)
噛みごたえ満点のおじゃことチーズのパン[boulangerie Monamona]
硬いパンの生地に合わせて、堅めのおじゃこ「かちり」を使う。チーズも数種類をブレンド。焼いた直後にオリーブオイルをひと塗りし、時間がたってもチーズが固まらず食べやすい。(高知市愛宕町1-9-16)
ガツンと辛いカレーパン[モンブラン]
刻みニンニクが効いた自家製ルーに、存在感のある肉がごろっと入ったカレーパン。ハバネロ味は、火を吹きそうな辛さ。(須崎市西崎町6-1)
ナッツONのナッツパン[Orange]
ハード系パンとパンに合うアイテムを作るチーズとパンのお店。クルミがたっぷり入ったパンに、はちみつ漬けのナッツをONすると、コーヒーにもワインにも相性抜群。(高知市八反町1丁目6-11)
じゃりじゃり食感のニコニコパン[永野旭堂本店リンベル]
マーガリンに砂糖を混ぜ込みパンに挟んだ。砂糖の粒が独特の食感で、子どもも喜ぶロングセラー。(高知市永国寺町1-43)
昭和の香り漂う味付けサンド[森山製パン]
いちごジャム、ピーナッツ、バニラ、メロン……。今日はどの味にしようか迷う。ちぎって食べるもよし、豪快にかぶりついてもよし。(高知市菜園場町8-28)
日曜と月曜だけの角食パン[古山製パン]
高知に惚れ込み移住した女性が週2日焼くパン。1日30〜40斤限定の食パンは、ほとんど予約で売り切れる。 (高知市新本町2-4-34)
20年変わらないたまごパン[ドナルドダック]
パンとたまごの相性を追求して20年前に誕生した。毎朝つくるゆで卵をほぐして、パンに包んで焼くだけ。味もレシピも変えようがないくらいシンプル。 (高知市はりまや町1丁目8-1)※2014年11月に閉店しました。
ドイツ仕込みのドイツパン[ブロート屋]
噛めば噛むほど麦そのものの味が広がるドイツパン。本場ドイツで修業した店主のこだわりは酵母。ライ麦酵母は、麦が持つ酸味をまろやかにしてくれる。(四万十市中村岩崎町2331-10)
ぼうしパンを育てた仲間たち――永野旭堂本店
まだ戦後間もない1955年頃、高知に「ぼうしパン」が生まれた。永野旭堂本店の職人がメロンパンを製造中のこと、クッキー生地をかけ忘れたものが8個、天板一枚分でてきた。もうメロンパンにするのは遅すぎるため、余っていたカステラ生地をかけると、パンからはみ出し、思わず「あちゃ〜、大失敗」。しかしオーブンに入れ焼き上げてみると、はみ出した部分がまるで帽子のつばのようになり、形がおもしろい。食べてみると、これがまたおいしい。形よく焼く練習をして、試しに店に出したところ、よく売れた。
「旭堂の帽子のようなパンが売れているらしい」。噂はすぐに県内のパン屋に広まり、職人はその配合や製法を聞きにやってきた。かつて戦時中、国策で高知市内のパン屋は一か所に集められ一緒にパンづくりをした経験があった。苦しい時代を共にした職人たちはみんな親しく、共存共栄の精神がある。隠すことも独占することもない。「みんなでやろう」と、ぼうしパンは旭堂から独立したマキベーカリー、福ちゃんパン、横田パンをはじめ、多くのパン屋がつくるようになり、〝高知名物〟となった。
今では、抹茶味やチョコ味、あん入りやクリームを挟んだもの、大きいものから小さいものまで多種多様なものが作られ、つばの部分だけ売る店も登場している。
現在51店の職人が加盟している高知県製パン協同組合理事長の辻永晃さん(73)は、「他県と違って、高知は自家で生地をつくり、自家で焼いて、売っているパン屋が多い。だから多様なものができる」と言う。高知市の人口当たりのパン屋の数は神戸市に次ぐと言われるほど、高知にはパンのファンがいる。
モーニングに支えられたパン――コミベーカリー
「窯出しチーズケーキ」が人気になり、観光バスが停まる「コミベーカリー」。ショーケースの中にはパンやお菓子が並ぶ。スタッフは、常連さんに「この間の新作、どうでした?」と話しかけ、初めてのお客さんには「この玄米の食パンは、こんがりきつね色に焼いて食べてくださいね」と説明する。レアチーズケーキがブームになった時に作り始めたチーズケーキも、お客さんの声と反応を聞きながら、チーズが苦手な人でも食べられるようなスフレタイプにしていった。セルフ式にはない、お客さんとの近さが持ち味だ。
和菓子職人だった古味茂さん(故人)は夢をかなえようと1968年に独立、「コミ製菓」を創業した。当初は桜餅やおはぎ、栗まんじゅうなど和菓子だけだったが、「毎日食べてくれる主食になるものを」と、数か月後には食パンを作り始めた。
妻の由里さん(70)は毎日店頭に立ち、お客さんに声をかける。すると「ちょっと甘すぎる」「この食感がいい」などの声が返ってくる。それを主人に伝え、パンの味をお客さんが好む味に変えていった。おいしい食パンがあることを聞きつけた喫茶店主がモーニングのパンに使ったところ、食べた人が「おいしい。どこのパン?」と聞いて、コミ製菓のパンを買い求める。口コミが広がり、とうとう食パンは予約しないと入手できないほどになった。
「うちのモーニングは必ずパンが3種類」と言う「カーニバルコーヒー」店主の篠原重宝さん(62)。コーヒー豆の製造卸会社を経て自家焙煎の喫茶店をはじめ、当初は京都のボロニヤからパンを取り寄せていた。今は、高知市内のパン屋にオリジナルのパンを焼いてもらっているが、一時は自ら工房を建てるほどパンにこだわった。コーヒーにうるさい人は、パンにもうるさい。コーヒーの味が勝負の喫茶店、その〝差別化〟にパンは重要なのだ。
パン屋と喫茶店の関係は深い。高知県の喫茶店数は人口千人当たり1.79店(2013年 事業所・企業統計調査)で全国トップ。高知のパンは、コーヒー好き、モーニング好きに育てられてきたとも言える。
多様なパンで生き残る――ヤマテパンmonamona
高知市槙山町の学芸高校。12時40分のチャイムが鳴ると、財布を持った学生が集まってくる。サンドや焼きそばパンなど、永野旭堂本店の直営店リンベルから毎日200〜300個のパンが学校に運ばれる。
高知県で2番目に古く創業した永野旭堂本店は、60年前に学校給食が始まって以来、ずっと給食用のパンを作ってきた。ピーク時は60校を担ったが、今は3校。社長の永野雄敏さん(68)は「ごはんの日が増えて、パンは週に1回くらいになった。揚げパンは年に1回あるかないか」と言う。
同じく給食用のパンを製造する「ヤマテパン」。1日約1万個、市販用のパンも作っている。100種類あるパンのうち、毎年8割は新しい商品に変わる。パンの他に、和菓子や洋菓子も作り、その日に食べてほしいものと日持ちするものをうまく組み合わせる。春はサクラあんやイチゴ、抹茶味のお菓子、夏はお彼岸用のおはぎ、秋は贈答用のカステラやクッキーなどの焼き菓子、冬はクリスマスケーキなど、季節にも合わせる。
社長の山手淳さん(42)は、「常に新しいアイデアをもっていないとパン屋はできない」と断言する。東京に流行りのパン屋があると聞けば足を運び、自分の舌で確かめる。新しい商品のイメージを膨らませ、自ら試作する。
2013年、創業時からの店を「Monamona」と名前を変えてリニューアルした。採算度外視で今までになかったパンを作って売る、いわば実験店だ。これまで主流だったソフト系の菓子パンに加え、ハード系のパンとクロワッサンを定番商品にした。「自分が食べておいしいと思った噛みごたえがあるパンを、高知の人にも食べてもらいたい」。フランス産の小麦粉と塩を使ったバゲットは山手さんの自信作だ。「今は1日数本限定ですが、毎日焼き続けています」。
パンに込められる情熱と工夫――モンブラン
朝6時。漁師や釣り客、朝食を求めた地元客がパンを買い求める。須崎の商店街に1972年、「モンブラン」が誕生した。人気が出て、店舗を増やし、一時は高知市にも支店を作った。
社長の大崎豊さん(36)は二代目。体育教師を目指して県外の大学に進学したが、パン屋でアルバイトをしたのがきっかけで方向転換。卒業後、県外や国外のパン屋で数年修業をし、地元に戻った。
父の店を手伝う中、もどかしさを覚えた。「自分たちの世代にあうパン屋にならないと。もっとおしゃれで、焼きたてのパンを食べられる店にしたい」。29歳の時「店を譲ってほしい」と社長だった父に頭を下げた。当時あった店を全て閉め、酒屋の倉庫だった場所を買い取りモンブランを再スタートさせた。現在、パンは120種類。「正直、売れない商品もあるけど、お客さんに選ぶ楽しさを提供したい」。焼きたてのパンを食べられるよう、カフェも併設した。
ある日、カレーパンを買って食べた豊さん。「なんだこれ? 自分ならもっとおいしく作れる」。贅沢に牛肉を入れようと、近所の肉屋に相談し、数種類の部位の肉を取り寄せ試作を繰り返した。前日から肉をワインに漬けこみ、約2時間かけて玉ねぎや人参を炒めベースを作る。味をしっかりつけるため、生にんにくを刻んで一緒に炒める。スパイスと肉を加えて煮込み、パン生地に包んで、一度焼く。昼時、おやつ時、夕方、お客さんの動向をみて揚げたてを提供した。1日50個、セールの時は200個売れるヒット作になった。
しばらくして、お客さんから「カレーライスも出して」と要望があった。パン屋なのに、ご飯を出すのかと葛藤した。しかしメニューに加えると、カレーライスも人気になった。
「豊君、鍋焼きプリン作ってくれん」。地元の常連さんから相談を受けた。須崎名物の「鍋焼きラーメン」を模したプリンを作るお菓子屋さんがあったが、数年前に閉店していた。そんな復活の声に応えて、今春、店に並ぶ。
まちのパン屋を目指して――レイホクファーマーズカフェ、JOUR
長岡郡本山町の地元で採れた野菜や加工品が並ぶ産直市の中の「レイホクファーマーズカフェ」。2013年7月、世田谷区で12年パン屋を経営していた夫婦が、焼きたてのパンを食べられるカフェをオープンした。
佐藤恵さん(42)は3・11直後に高知を旅行し、その1週間後に移住を決めた。運よく空き家と子どもが通える小学校が見つかり、忙しかった東京の生活に区切りをつけた。「再びパン屋をやるつもりはなかったんです」。4町村合わせて1万人ちょっとの嶺北地域では無理だと思った。しかし、「このほうがおいしい」という理由だけで手間暇かけて稲を天日干しする地域の人と接していくうちに、徐々に気持ちが変わってきた。
「ここは空気も水もきれいで、野菜も魚も素材がいい。人もあたたかい。ここが子どものふるさとになるかもしれない……」。そう思うと、初めて店を開いた時の気持ちがよみがえってきた。〝まちのパン屋でありたい〟。そのためには、「体を動かして、頭をひねって、自分が本気を出さないと成り立たない」。モーニングやランチのプレートには、地元の野菜がおしゃれに盛り付けられ、農家の女性たちが集まる場になっている。
高知市朝倉の「JOUR」は、10畳ほどのこぢんまりした店。パティシエの経験を活かし、國則美香さん(29)がパンと洋菓子を焼いている。「とにかくおいしいものを食べてもらうのが好きなんです。自分で生地を作って焼き、接客も自分がするので、お客さんの反応が手に取るようにわかります」。パンに使う油脂は全てバター。そうすることで、パンの味はもちろん、お店に漂う匂いも変わる。
子どもの頃、自分のお店を持つのが夢だった。短大を卒業して栄養士の仕事に就いたものの、夢を捨てきれずにケーキ屋に転職。28歳の時、住宅街で、なおかつ大学のキャンパスも近い、この場所を見つけた。「ここならできるかも」。
近所に住む主婦や大学生に口コミで広がり、手土産用の洋菓子や誕生日ケーキの注文が入る。やっていけると、思いはじめた。
今日もパン屋に多くのパンが並んでいる。一つ選んで口にすると、流行の味や季節の香りをパンに織り込んだ職人たちの感性やアイデアがさりげなく伝わってくる。
高知のパン屋は新しいものに挑戦しながら、地域にとけこみ根づこうとしている。多様なものを取り入れて生き残る、これはきっと若い世代の生き方のヒントになるにちがいない。