自由民権運動にその身を投じる高知の若者達は 文学を通じて「自由」に対する理解を訴えた
近代文学のあけぼの時代。近代文学としての概念はまだ確立されておらず、政治運動の手段の一つとして、政治的思想を伝えるための書物が世の中に溢れた。そこに、近代文学の先駆けとして新たな息吹を吹き込んだのが、自由民権思想を主張する高知の若者達だった。
土佐の山間から自由を主張
〜筆の力で世の中を変えられると信じて〜
近代文学の夜明けとも言われる明治初期、国会も憲法もなく、国民に重税が課せられていた時代。国民が政治に参加し国をつくりあげていこうと訴える、自由民権運動が世の中を席巻。高知県は「自由は土佐の山間より」と詠まれた通り、自由民権を訴える若者たちで溢れた。武力による反乱が政府によってことごとく制圧されていく中、自由民権運動は言論による運動を中心に発展。若者は筆の力で世の中を変えられると信じ、政治に無知な人々に解りやすく伝える手段として、新聞を始め政治小説や翻訳小説を数多く執筆した。 自由民権運動の主導者・板垣退助の片腕となって活躍した、自由党の理論的指導者・植木枝盛は、民権派ジャーナリストとして、巧みな演説と詩などを通して独学自習で人間の自由や平等を主張。それまで日本になかった概念を伝えるべく、丁寧な書き言葉で綴るのが主流だった文章を、柔らかい話し言葉で表現した。これが、後の近代文学に一石を投ずることとなるのだが、当時はまだ、そこに文学という概念はなく、後世への影響など知る由もなかった。 その当時、外国小説を通して自由民権思想を伝えようと試みた「翻案小説」で一世を風靡した、宮崎夢柳も高知の文学者の一人。彼はフランス革命やロシア虚無党を題材にした翻案小説を発表し、自在なスタイルで注目を集めた。これらの翻案小説もまた、近代文学に大きな影響をもたらしている。 また、明治中期に創刊された「高知新聞」の初代編集長・坂崎紫瀾は、歴史的人物を通して明治の新しい理想を描いた政治小説を執筆。彼の手がけた「汗血千里の駒(かんけつせんりのこま)」は、自由民権思想を多くの国民に伝えると同時に、維新の英雄・坂本龍馬を初めて世の中に広く知らしめた小説として、後の龍馬伝記にその内容が脈々と受け継がれているという。 「江戸幕府が倒れ、新しい時代をつくろうと立ち上がる人々で溢れた時代、自由民権思想に感化された多くの若者は、武力ではなく思想で世の中を変えられると信じて筆を執りました。若い人々が自分たちの可能性をひたすら信じ、自らの手で世の中を良くしていこうという高揚感の中にいたのではないかと思います。近代文学というものが影も形もないこの時代に、高知の人達は現代の文学につながる重要なポジションにあったんです」。明治の文学を熟知する学芸員の川島さんは、若者の理想が生きていたこの時代を熱心に語ってくれた。
【代表作家 in明治】
植木枝盛(うえきえもり)
弁舌の才や頭の回転の速さ、執筆力にずば抜けており、自由党の理論的指導者として功績を残した。
坂崎紫瀾(さかざきしらん)
高知新聞の発行とともに編集長となり、自由民権運動を推進。公の場で「ブルータス伝」を口演し禁固刑に。
宮崎夢柳(みやざきむりゅう)
演説より小説執筆を重視した民権家。和漢洋の語学の才能を持ち、土佐藩主・山内容堂にその才能を愛された。
自由詞林 ●じゆうしりん
日本近代詩のさきがけとなった民権詩歌「自由詞林」。植木枝盛により口語体で執筆されている。
自由の凱歌 ●じゆうのかちどき
フランス革命を舞台にしたアレクサンドル・デュマの原作を宮崎夢柳が翻案した政治小説。