憧れのバトン「前店主×新店主」

作る人、伝える人、つなぐ人、遺す人… ここ高知で、そんな仕事や活動をしている人と その人がリスペクトする人にスポットを当て 2人の関係性、双方の思い、そしてこれからのことなど 胸に秘めたる熱い思いをひもといていく

「ラ・メールを残したい」
人の思いに動かされ継承を決意

 昭和38年に創業した老舗喫茶「ラ・メール」は、地元の常連はもちろん、県外客や著名人にもファンが多い名店だ。現在、その店を切り盛りしているのが現店主の山中香さんである。

 実は「ラ・メール」は一度、存続の危機に直面したことがある。閉店の知らせが広まった際、「このまま無(の)うなってしまうのは寂しいき、継いでくれんか?」と常連客たちからお願いを受けたのが、当時同じビルで飲食店を営んでいた香さんの夫・章弘(あきひろ)さん。別の事業も抱えていた夫から相談を受けた香さんは、常連客の熱い思いを知り「もし良ければ、私がこのお店をやってみたいのですが」と前店主・島本さんに申し出た。それから数ヶ月の特訓を経て、令和2年5月に「ラ・メール ルネ」として再出発を果たす。常連客からの「ラ・メールは高知の文化やき」という言葉に深く共感し、メニューをはじめ店の佇まいや空気感をそのままの形で受け継いだという。

 香さんは「島本さんと出会えたことは私にとって大きな財産。これからもラ・メールの歴史をつないでいきたい」と語ってくれた。

実はコーヒーが苦手だったという山中さん。島本さんのコーヒーを飲んでから初めて美味しいと感じ、それ以来飲めるように。

「ラ・メール ルネ」の「ルネ」は再オープンの際に島本さんが付けたもの。フランス語で「生まれかわる」という意味。

一度は途絶えかけた店の歴史
常連客の思いがつないだ縁

 「ラ・メール」を創業から切り盛りしてきたのは、島本昌城さん・美恵(みえ)さん夫妻。昭和37年に結婚した2人は、生活のために店をやろうと考えていた。もともと夫婦で喫茶店を巡るのが好きだったことから、翌年に喫茶店をオープン。以来、夫婦二人三脚で店を営んできた。

 しかし令和2年に美恵さんが逝去。長年連れ添った妻を亡くしたことで無気力状態となった島本さんは、店を畳む決意をしていた。そんな折に現れたのが、現店主の山中香さんである。当初島本さんには店を継承させる気持ちは無く「喫茶店は儲からんし、しんどいきやめた方がいい」と一度は断ったという。それでも「やってみたいです」という山中さんの思いと、常連客の後押しもあり「じゃあ… やってみようか」と特訓が始まった。効率よく作業する山中さんの姿を見て、「この人になら店を任せても大丈夫だ」と感じたという。

 再オープンから5年。今でも水曜と日曜には店頭に立ち、山中さんを支えている島本さん。訪れるお客さんには「こちらが今の店主の山中さんです」と誇らしげに紹介している。

数多くのファンを持つお店の代表作「あんぱんとイタリアのハーフセット」。こだわりのあんこは今でも島本さんが炊いている。

店を愛する常連客の思いからつながった2人の縁。互いを尊重しながら学び合える、良い関係を築いている。