Posted on 2013.12.24

伝説探訪 Vol.3

本川神楽

西日本最高峰の石鎚山を臨む旧本川村。
かつて集落が沈んだ長沢ダムのふちをぐねぐねと奥へ進むと、しだいに空気が冷たくなる。
本川神楽は県内唯一の夜神楽。しかも、恐ろしい呪いがかかっていたお面で舞うという。
たった62人の越裏門地区に、地域外から人が押しかけ、神社の社殿は人で溢れ返った。


 太夫が座につき太鼓を打ち鐘を鳴らす。舞台に神を呼ぶ「神迎え」を皮切りに、「注連(しめ)の舞」で四方に縄を張り、「座堅め」、「初穂寄せ」と順に太夫が舞う。「山王(やまおう)の舞」で神楽最上位の「山王」が登場すると、観客がどよめく。山王が振り回す鋭く光る真剣に背筋が凍る。  
 約1時間の演目が終わると、太夫も村人も観客も一緒に、田楽やおでんで酒を酌み交わす「座祝い」の中休みとなる。ここだけのしきたりだ。  
 休みが明けて演目が続き、いよいよ木樵(きこ)りが登場する「鬼神(きじん)争い」。黒い木樵りの面をつけた太夫は、扇子で顔を隠し、酔っぱらったような千鳥足で登場した。村人は待ってましたと囃し立てると、「お〜、誰かわしを呼んだかね」と木樵りが近寄る。今度は小学生が「顔が焼けちゅう」とからかうと、「沖縄へ行っちょったきよ、船を漕いで」とボケ倒す。さらに「お姉ちゃん、どこから来たぜ?」と観客に絡んでみたり、カメラマンにキメポーズをとったり、どこまでも即興だ。  
 見かねた氏神役の太夫が「ここに座りなさい」と呼び止め、木樵りに一から十まで木の名を奉納させる。「一に、イチョウ。二に、ニロギ」と木樵りがすっとぼけると、「魚やいか」と即座に村人が突っ込みを入れる。まるで旧知の友のようなやりとりに、場はなごみ、周りに一体感が生まれる。  
 神楽長の伊東安久さん(61)は「越裏門の人は神をようてごうてくれる。特に今年は最高じゃった!」と満足そうな笑顔を浮かべた。  
 太鼓の音が鳴りやんだのは0時近くだった。神、神に仕える太夫、そして村人。代々引き継がれてきた親しみ深い神事は、村で不幸な出来事を引き起こさない、村人の幸せを願う術だったのかもしれない。


※てがう=構う、ちょっかいを出す



木樵り(きこり)伝説
大藪の集落に七軒しか家がなかった頃、伊予の足田(あしだ)から神太夫がやってきた。
しかし、土地の人々と仲が悪くなり、所持していた木樵りの面に呪いをかけ、大藪の白髪大明神の裏壁に逆さにし、その眼に釘を打ち込んで伊予へ帰ってしまった。それから節分には家々の門に黒い人影が立ち、疫病が流行した。  
村人に祈祷を頼まれた桑瀬集落の神官は「正面から社殿に入ると失明する」という神太夫の言葉を思い出し、氏神の裏壁を壊し、面を外して祈祷すると、それきり黒い影も疫病も消え失せた。
(参考・本川村史)


高知県立歴史民俗資料館 梅野光興さん
「木樵りの舞」の後、木樵りが姫を口説く「姫の舞」、鬼のダイバンと神が対決する「カゲンの舞」と続きます。不思議なのは、この3つの舞がセットで「鬼神争い」と呼ばれていることです。ダイバンは神楽を邪魔しにやって来ますが、神との問答に敗れ宝の倉を差し出します。日本の鬼は悪役ですが、人間に富を授けるという両面性をもっています。木樵りは神楽と関係ない冗談を言って注意され、山の宝である木を奉納します。神楽の場をかきまぜ、最後に富を差し出すところがダイバンと似ています。 木樵りも実は一種の「鬼神」なのではないでしょうか。「木樵り伝説」はそんな木樵りのもう一つの顔を表しているのかもしれません。では、もう一度木樵りの面を見て下さい。笑っているように見えますか? それとも……

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