Posted on 2017.09.24

家業を継いだあの人 せがれ No.20

泉利昆布海産  泉谷(いずたに) 伸司さん 昆布を世界へ 価値を後世へ

うまみを加え、食材を引き立てる昆布だし。
酢と刃物の産地・堺で生まれた昆布屋は、独特の昆布食文化のある高知で進化した。

せがれ 泉谷伸司さん

海を渡った昆布


昆布の主な産地(日本昆布協会HPを参考に作成)

 日本の昆布はそのほとんどが東北以北でしか採れず、北海道産が8割を占める。そのうち、真昆布、利尻昆布、羅臼昆布が3大昆布と呼ばれている。
 古くは海を渡って中国に献上されたと伝わる昆布。鎌倉時代には松前(北海道)と本州(福井)を松前船が盛んに行き交い、江戸時代になると、下関を経由する瀬戸内航路で天下の台所・大阪まで運ばれた。


2代目利平さんが出征の際、店の前で。

 かつて昆布が通った土地には、独特の食文化が育った。福井や富山では昆布締め、大阪や京都はだし昆布、山陰や小豆島は佃煮(つくだに)、そして、鹿児島、沖縄などは昆布を煮たり炒めたりして食べる。そして、昆布は和食に欠かせない存在となった。
 昆布の採れない高知県は、だしとして使う文化は薄く、海苔の代わりに白板(しらいた)昆布や黒昆布で巻いたおすしが昆布料理の主流。全国を見渡しても類を見ない、珍しい昆布消費地でもある。

 

堺の商人、高知へ


日曜市など街路市で使っていた看板。伸司さんの祖母がだしのひき方や味の違いなどを教えながら昆布を売っていた。

 江戸時代、米酢や刃物の産地として名を馳せた大阪・堺。泉利(いずり)昆布海産のルーツとなる「和泉や」は江戸時代後期に堺で酢の醸造蔵を営んでいた。やがて酢昆布が評判となり、酢から昆布の商いへと徐々に重点が移り、明治元年、昆布店「泉利」を創業。堺の刃物を用いた昆布加工をおこない、住吉大社の神前(じんぜん)昆布のご用達として繁盛し、堺の昆布組合を立ち上げた11人の1人として泉利は名を連ねた。大正から昭和にかけて、堺は150軒の昆布加工業者が集積する一大産地となった。
 4代目が若くして亡くなり、5代目の平治郎さんが店を継いだのは24歳の時。その後、太平洋戦争が勃発。腕利きの番頭をはじめ職人が徴兵され戦死した。終戦を迎えた時には、立て直す資金も底をついていた。
 「私の生まれた高知は白板昆布をよく使うし、働き者の女性もいる」と妻は言う。昆布だしの文化もなければ人も少ない所だが、逆に堺のような昆布加工の集積地はなく、技術を持ち込む余地はある。高知で再起することを決め、高知市に引っ越した。
 日曜市などで昆布を販売し始め、ほどなくして妻の故郷の中土佐町矢井賀(やいか)に工場を構えた。地元の女性たちに昆布加工を教えて商品を作り、乾物店や飲食店など徐々に得意先を増やした。さらに6代目となる泰弘さんは小売店や量販店向けの商品を開発し、売り場を広げていった。


中土佐町矢井賀の工場では働き者の女性たちが昆布を削っていた。


工場で働く女性たちの慰安旅行。前列右から3人目が伸司さん。右隣は父泰弘さん。

 

音楽で食っていく

 泰弘さんの長男・泉谷伸司さん(40)は、3人姉弟の末っ子として生まれた。幼い頃から音楽が好きで、中学生になるとブルーハーツ、ピストルズなどパンクロックに傾倒し、友人とバンドを組み、ギターを奏でた。高校でもバンド活動を続けるものの、高知には憧れのバンドのライブもなければ、CDすら手に入らない。フェリーに乗って大阪に行く友人に何度もお使いを頼んだ。「早う高知を出たい」。その一心で、神戸の大学に進学した。
 迷わず軽音楽部に入部し、仲間とバンドを組んだ。100人の部員を抱える部長を務め、ライブを企画したりオリジナルCDを制作したり。ライブハウスに出入りするうちに、「音楽で食っていけるかも」と手応えを感じた。就職活動はせず、卒業後はライブハウスのマネージャーの傍ら、バンド活動に邁進。ようやく生活の道筋が見えてきたものの、「好きなこと」よりも「お金になるかどうか」ばかりが問われる音楽業界で、どこか割り切っている自分がいた。いつしか自らの価値観も揺らいでいた。
 もやもやした気持ちを抱えていたある日、母から電話がかかってきた。「お父さんが倒れた」。もうすぐ自分も30代。「家の仕事、ちょっと手伝っちゃろうか」。これを機にバンド生活にピリオドを打つことにした。

 

昆布に未来はない?

 世の中は核家族化が進み、共働き家庭が増え、食卓にはレトルトやインスタント食品が当たり前のように上る。だしと言えば手軽なうまみ調味料や顆粒(かりゅう)だしを指し、手間をかけて昆布やかつお節の※だしをひく家庭は珍しい。皿鉢料理や仕出しに欠かせない昆布の巻きずしも、いつの間にか江戸前風の握りずしに取って代わった。昆布の消費は年々減少し、お得意さんが店を畳むこともしばしば。  
 しかし、昆布が売れた時代を知っている両親は「昆布の仕事がなくなることはないから」と楽観的。昆布の原料代が上がっても、賃金が上がっても、昔ながらの商いを変えることはない。  
 泉谷さんが高知へ帰ったのはそんな時だった。営業や配達を手伝い、得意先の乾物店や料理店を挨拶して回ると、「煮いたら溶けた」「来年はもっといい昆布がほしい」などと苦情や要望が出てきた。取り引き先からは「体制を変えんといかん」と、厳しい忠告も受けた。「昆布を切って売るだけなら他の会社に負ける。うちの武器はなに?」。泉谷さんの自問自答が始まった。

※だしをひく:料理用語。昆布やかつお節などからだし汁を作ること。 



現在工場で働く昆布職人は、20代から70代まで11人。矢井賀では女性が活躍したが、中村に移ってからは男性が担う。削った昆布を数多くある規格に切り分ける作業では今も女性が活躍する。

 

技術で打って出る


白板昆布を使った昆布巻き(高知市・寿し柳)

 郡部回りの途中、中村の工場に立ち寄った。泉谷さんが小学生の頃、父は中土佐町から中村市へ工場を移し、職人を育てるため頻繁に通っていた。父が育て守ってきた現場を見ておきたかった。
 十数人の職人が、刃物の角度を微調整しながら、ひたすら昆布を削っている。創業以来、削る昆布は白口浜(しろくちはま)一等検の真昆布にこだわり、味付けはお酢のみ。熟練の職人は、お客さんの要望に合わせて削り方を自由自在に変える。お吸い物用に1㎜以下の透けるようなおぼろ昆布を削り、厚めのバッテラ昆布や白板昆布が好きなお店、逆に薄くなければ使ってくれない店にも柔軟に対応する。白板昆布で巻きずしを作る高知ならではの、幅の広い本場折浜(ほんばおりはま)の真昆布を均一に仕上げた商品もあった。
 一方、他県の昆布加工の産地は昆布屋が職人に外注して加工させるため、繁忙期のみ必要とされ、通年雇用する会社はほとんどない。職人は弟子を取るか子が継ぐかしか継承の方法はなく、かつて栄えた堺の職人は10人まで減ってしまった。「うちには職人がいる。独自の技術もある。通年生産できる」。磨けば光る武器を見つけた。
 父に代わり社長になった2006年、工場を宿毛市に移転した。衛生基準を見直し、20代を新規採用し、職人同士が教え合い高め合う関係を強化した。原料や手間を計算して、販売価格があわない商品は思い切って値上げもした。
 「武器を活かせば勝算はある」。全国規模の商社や卸業者に、職人の技術と安定供給という2つの強みをウリに直接交渉した。県外の昆布加工は秋冬の繁忙期に集中するため、夏場は欠品が起き、供給が追いついていない。とんとん拍子で数社と取り引きが決まり、京都の料亭からは指名が舞い込んだ。県外出荷は順調に伸び、数年後、県内の売り上げを大きく上回った。



 

価値を伝える

 「外食に卸すだけ、スーパーに並べるだけでは昆布の価値は伝わらない。もっと若い人に知ってもらいたい」。2010年、高知の台所・大橋通りに「旨味屋」を出店した。ただ商品を並べるのではなく、日替わりのだしをひいて試飲してもらい、味噌汁やおにぎりも提供する。カツオやジャコなど、他のだしについても勉強し、合わせ方やだしの活用を伝える発信地となった。
 県が主催する商談会で海外のレストランにアプローチする機会を得た。シンガポールや台湾はうまみ調味料が台頭していて、手間のかかるだしの価値は響かない。一方、フランスやイタリアは説明を交えて試食をしてもらうと、「わ、おいしい! どこの昆布?」。「北海道の昆布を高知の職人が加工しています」。「いいですね! 使ってみたい」と、純粋に商品を見て、その価値を評価する。カルパッチョのソースにおぼろ昆布を混ぜたり、白板昆布で魚を締めたり、昆布を使う文化のなかったフランス料理店に新しいメニューが生まれた。
 2013年、和食が無形文化遺産に登録された。泉谷さんはニュースを冷ややかな目で見つめていた。「ある意味、危機的なこと。京料理のようなきれいなおだしもあれば、漁師町の魚臭い味噌汁もある。決して高尚なものではなく、昆布だしは普段の生活に寄り添う食材の一つ」。
 北海道から北陸、関西を経て、高知に根付いた昆布は、今や世界に羽ばたこうとしている。「この昆布おいしいね、と言われるよりも、うちの昆布を使っている料理が評価されるほうがうれしい」。泉谷さんはまるで黒子のように料理を演出する役割に徹し、料理人を支えている。

【とさぶしMAP】泉利昆布海産直営SHOP 旨味屋

 


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