Posted on 2013.03.24

高知探訪

「お城の動物園」


 動物も檻も建物も遊具もなにもかもなくなって、からっぽになった動物園。というか、その狭さとも相まって、たぶん誰もそこに動物園があったなんて思わないだろう場所。
 動物園撤去後におこなわれた、高知城の遺構調査の結果を紹介する看板が設置されている。看板に並んだ文章を読むと、ここが江戸時代にお城の「御台所屋敷」だったことはよくわかる。だが、かつてここに40年余にわたって小さな動物園があったことについては、そこには一行も書かれていない。
 閑散とした広場の真ん中に一本のセンダンの樹が立っている。猿の檻と水鳥の檻との間に挟まれるように立っていたセンダンの樹。
 動物園の唯一の名残りであるセンダンのわきに立ってみる。かつて猿の鳴き声を聞き、水鳥たちが餌をついばむのを見つめていたはずのそのセンダンの樹の面は、雨にぬれてひんやりザラザラしていた。



data:高知市立動物園

【場所】高知城敷地内。明治以降「桃の段」と呼ばれていた場所。 高知県庁の北側。
【広さ】1,588平米(ひろめ市場の約半分)。
【入場料】大人50円、小中学生10円。


昭和25年3月開園、平成4年10月閉園。南国高知大博覧会をきっかけにして、動物50余点でスタート。昭和46年頃には小鳥類などを中心に330点ほどの動物がいたが、その後哺乳類が増え、限られたスペースで充実した展示に遷り変っていった。閉園後、動物たちは「わんぱーくこうち」に移った。

区切り線


■ 象に見る、お城の動物園の歴史 ■ 

昭和27年 南海子(なみこ)が来園。
昭和46年 南海子が死亡。
昭和51年 象を連れてくる運動が実り、
ターコ(メス)来園。
*南海子が来園した昭和27年とターコが来園した昭和51年は、
年間8万人程度だった入場者数が倍以上に急増した。



参考文献・写真出典:
「高知市立動物園からわんぱーくこうちアニマルランドへ あゆみ」
「月刊 土佐 第31号」



とさぶし愛読者より
提供してくれました貴重な資料!



おそらく、昭和51年頃 後に見えるのは、象の「チャム」?


お城の動物園の伝説(?!)の飼育員、現在は、『わんぱーくこうち アニマルランド』園長の渡部孝さんが動物園の20年をふりかえりコラムを書いておられます。わんぱーくに引っ越しするときの様子などが書かれております。
(アニマルランドNEWS No.71 2013年4月1日発行より転載)
アニマルランドニュースも、かなり充実しており、おもしろいですので、ぜひこちらもチェックしてみてください。


  • share
  • tweet

Tag

トップページへ