Posted on 2016.12.24

特集 2

窪川駅

霧の立ちこめる台地の町を案内人と歩いてみた。

四万十手仕事市代表 井上 義之さん

案内人 四万十手仕事市代表 井上 義之さん

 1951年、線の終着駅として開業した窪川駅。1963年には中村線の土佐佐賀駅までが開通し、1974年には一駅先の若井駅から愛媛県宇和島に抜ける予土線がつながり、県西部の中継地として活気づいた。
 標高約220 mの高南台地にある窪川は、古くからフロンティアスピリットのある人たちが新田開発に尽力し、県内有数の米の産地、畜産の盛んな地域である。
 窪川で生まれ育った井上義之さん(41)の案内で、「伝説」が残る町を歩いてみた。


町道が空中に!

 駅前にデーンと役場の新庁舎。あれ、鉄道のレールまたいでますよね!?
 そうなんです。駅の西と東に庁舎があって、歩道橋で渡れます。実はこれ、世にも珍しい空中の町道なんです。エレベーターも24時間稼働していて、いつでも誰でも通れます。
 窪川の町はわりとコンパクトで、駅前からゆっくり歩いて20〜30分で主要な場所を回れるんです。歩道橋を渡って、JAの直販所「みどり市」で窪川の産品を探すのも楽しいですよ。

エンコウ秘伝の薬伝説

 駅前の通りにある武田金草堂は800年の歴史があるとも言われ、今も「エンコウ」に教わった薬について記された古い秘伝書が残っているんです。打撲に効く「活血湯(かっけつとう)」は今もちょくちょく出ているとか。
 伝説の薬が今も使われているとは……。
 武田さんは調剤された薬を売るだけでなく、自社で調剤した痛みどめや風邪薬などを販売していますが、中でも「咳どめ」は愛用者も多いんです。


秘伝薬エンコウ物語:長井対馬守が、自分の馬を川に引き込もうとしていたエンコウの腕を刀で切り落とした。その夜、エンコウが現れ、腕を返してほしいと泣いて頼むので、長井は腕を返す代わりに、手をつなぐ秘伝を授かったということです。現在も「かわづの薬」として活血湯を販売しています。 (武田金草堂 武田忠さん(69))

 

町を流れる水路の秘密

 この道、だらだら歩くに※ぼっちりですね。横は川ですか? 
 吉見町商店街の側を流れる琴平川、実はすごいんです。これは四万十方式と呼ばれる浄化システムで、かつてはガスが発生するほどひどい状態だったんですが、この浄化槽を設置してから、匂いも汚れも気にならなくなりました。
 窪川は田んぼが多いから、水がきれいなのはいいですね。
 四万十川の清流、霧の発生、昼夜の寒暖の差などの条件が重なり、江戸時代から米どころとして有名だったんです。酒屋も9軒あったそうです。


四万十方式
自然循環型水処理システム:水田の水浄化機能を手本に、本来自然が持っている物質循環の仕組みを活かした新しい水処理システム。河床の下に何層かに分けて、木炭や枯れ葉、石など自然素材を加工した充填材を配置し、微生物によって水をきれいにしている。このシステムは、四万十町内に13 基設置されている。

 

熊本城を守った谷干城(たてき)伝説


谷干城生誕地にある恵美須神社。

谷干城生誕地にある恵美須神社。

 こんな住宅街に石碑が!?
 谷干城生誕の地です。西南戦争で、西郷軍1万5千人が熊本城を包囲した時、薩兵を一歩も城内に入れず、50余日の戦に耐えて城を守ったという話です。今も熊本城に銅像があります。
 確か、谷秦山(じんざん)の子孫ですよね。武市半平太と知り合って尊王攘夷運動に傾倒し、坂本龍馬を厚く尊敬していたとか。
 龍馬が暗殺された時、真っ先に駆けつけ、瀕死状態だった中岡慎太郎から経緯を聞き出したのが谷干城。生涯をかけて龍馬の暗殺犯を追い、戊辰戦争の際、流山(ながれやま)で新撰組局長の近藤勇を捕らえ、斬首・獄門刑に処したのは仇討ちだったともいわれています。

岩本寺の七不思議


松鶴堂

松鶴堂は、井上さんの友人でもある松岡幹幸さんの和菓子が並ぶ。

 ここは有名な四国霊場37番札所、岩本寺ですね。
 岩本寺には弘法大師にまつわる謎が7つもあるんです。苦しんでいる妊婦さんを無事に出産させたり、年に何度も栗を食べたいという子どもの願いを叶えたり、屋敷に泥棒が入らないようにしてくれたり……。
 弘法大師の伝説って各地にありますけど、7つは多いですね。
 あらゆる苦しみを解決してくれるスーパーヒーローに頼りたいくらい苦労が多かったのでしょうか。
 そうそう、お寺の前の松鶴(しょうかく)堂には七不思議にまつわる和菓子もあって、店内ではお抹茶もいただけます。以前「手ぬぐい展」をした時に、手ぬぐい型のお菓子を発案してもらいました。

遍路のおかげ?


旧都築邸

旧都築邸は古民家カフェ半平として、カフェやイベント会場として使われ、毎月第3日曜日はサンデーマーケットも開催している。

 お寺の周りを歩くのも楽しそう。
 88の札所の中で札所間の距離が最も長いのが、37番岩本寺から38番金剛福寺で、約94 km。泊まるお遍路さんが多いので窪川が栄えたのかもしれません。窪川は幡多と伊予(宇和島)への分岐にある在郷町として栄え、その風情は「旧都築邸」にも残っています。



次は〜、土佐佐賀駅〜〜!



 

土佐弁講座※ぼっちり:ちょうどよい

 

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