Posted on 2015.09.24

家業を継いだあの人 せがれ No.12

恒石畜産  恒石知則さん 牛に尽くして 人を笑顔にする

生産者の顔を見せ、育て方が安心安全。
消費者との信頼を築き、〝おいしい〟を食卓に届けている。

窪川牛 生産者 恒石知則さん

 ジャーマンピルスナーからアメリカのIPAまで、50種類を超える世界のビールに、厳選したビオワインがずらりと並ぶ。「イチオシはネブラスカIPA。苦みがあって肉によく合う!」。ニカっと笑う、恒石知則さん(40)。ある時は酒屋に立ち、ある時は肉を焼いて売る。しかし、本当の姿は、牛飼いなのだ。
 四万十川が運んできた肥沃な土に恵まれた四万十町窪川。稲穂が揺れる水田に囲まれた牛舎の中には、大きなホルスタイン種が320頭。「これは雄の去勢牛。22か月育てて、僕の名前が刻まれた肉がスーパーに並ぶがよ」。
 ブランドは「窪川牛」。ポストハーベストフリー、遺伝子組み換えをしてない飼料を与え、通常よりも3か月長く育てて、赤身のうまみを引き出す。同じ肥育方法を採る6戸の農家が約1200頭を育てている。


窪川牛 サニーマート

サニーマートの大型店では、生産者の名前が印字された窪川牛が並ぶ。


窪川牛 ホルスタイン 牛舎

偉大なる父

 窪川は江戸時代から米の名産地。米や雑穀、野菜を育てる小規模な農家がたくさんあり、明治期からは使役として褐毛牛が飼われた。戦後、食卓の欧米化から乳牛を飼う農家が増え、一時は県内最大の酪農地帯となった。
 その頃、農家を継いだ知則さんの父は肉食が進むことを予測し、米を作りつつ牛を肥育し肉用牛として売り出そうと考えた。しかし、食肉の流通は慣れない上に不透明。安く買い叩かれた上、市場や問屋を通して普通の牛肉として売られた。
 「自分たちが育てた牛を直接お客さんに届けたい」。まず、肥育に手間暇のかかる和牛からホルスタインの雄牛へ転換し、1972年畜産仲間と会社組織「ビーフキャトル」を立ち上げ、県内量販店との販売を始めた。そして、安定的な流通を追求し、他の肉と混ざらないよう四万十市の食肉センターの隣に牛専用のカット場を建設し、部分肉の加工から包装までの仕組みを作った。1993年、四国で初めて生産者の名前を刻んだ牛肉が店に並んだ。


リアルカウボーイ


 知則さんは、3人兄妹の次男として生まれた。「牛の鳴き声を子守唄に昼寝して、夜は家で飼っていた地鶏を抱いて寝て」。近所で名前を知らない人はいないほどやんちゃ坊主で、遊び友達は数えきれない。生き物に囲まれ、友達と野山を駆けまわって育った。牛が好きで、高知農業高校の畜産科、北海道農業専門学校の酪農科へ進学した。
 「卒業したら酪農しよう」と考えていたある日、父から電話がかかってきた。「金のことはかまんき、アメリカ行ってこいや」。二つ返事で渡米した。
 3か月の研修を終えて派遣されたのは、ネブラスカ州のディア・クリーク・クランチ。窪川町とほぼ同じ面積を持つ広大な放牧場だった。「乗ったこともないのに馬4頭をあてがわれ、牛を追わえて、言葉が通じんメキシカンと一緒に暮らした」。どんな環境でもやっていける度胸がついた。1年間のカウボーイ生活を終えた時には、畜産の道へと心が動いていた。


あき

牛飼いの道へ

 帰国後、ビーフキャトルが経営するカット場や、サニーマートで加工と流通を学び、窪川に戻って父と一緒に牛の世話をするようになった。
 朝8時半からエサやり、牛舎の清掃、月に数回は出荷をする。当時、牛は200頭ほどで、日中ビーフキャトルの仕事や会議へ出かけていく父を見送り、一人牛と過ごした。「人懐っこく寄ってくる牛もいれば、人の存在がストレスになる引っ込み思案の牛もいる」。牛にも持って生まれた性格や体質があり、エサの食べ方もペースも違う。サシと呼ばれる脂肪は、少なすぎると固くて食べにくく、多すぎても肉の味がしにくい。世話をする過程で「こうしたらしっかりと牛肉の味がする牛に育つかもしれん」と自分の考えを試したくなっても、エサのやり方、段取りの仕方など、父のやり方には逆らえなかった。


窪川牛 生産者 畜舎 風景

考える前に動く

 自分には何ができる!?——知則さんはまず仕事のスタイルを変えた。まだ薄暗い朝5時には牛舎に行って、父が来る前に仕事を終わらせた。日中の時間を活用しようと農業青年クラブと商工会青年部に入り、地元酒造メーカーの協力も得て、酒米から育てる酒づくり企画「呑みほうばい」を立ち上げた。「農」と「商」の若者が共に汗を流し、町を盛り上げた。
 「いろんなところに首を突っ込んできたけど、やっぱりベースは牛飼い」。窪川牛を売り込むため、生産者の2代目たちが集まり青年部を立ち上げた。地域の祭りで肉を焼いたり、スーパーのバイヤーやスタッフと交流会をしたり。飲み会でアイデアを出しあう中で、カレーやコンビーフなどの加工品も生まれた。


とさぶし せがれ 恒石さん家族写真

両親、家族と一緒に。知則さんは3児の父でもある。


次世代の役割


とさぶし せがれ 恒石さん 窪川牛 仕事風景

 「親父らが築いてきた信頼があるから、TPPで外国産の肉が入ってきても生き残る自信はある」。急な注文にも応えられるよう、機械化して、徐々に飼育頭数を増やした。牛の食欲増進や消化を助けるために導入していた飼料に混ぜるEM菌は、自家培養してコストダウンもした。
 「毎日世話をし尽くしたかわいい牛を、余すことなく食べてもらいたい。できることなら、骨や皮までも」。仲間に思いを伝えたところ、鉄板焼き屋の店主がハツのステーキやホルモン料理を、カフェの店主は牛スジを煮込んだカレーを考案。どちらも店の看板メニューになった。これをきっかけに「生産者の思いを伝える場を作りたい」という目標へと育っていった。
 2015年春、3人は株式会社BOXを立ち上げ、ビールとワインの専門店「Booker’s」を窪川駅前の学園通りに開店した。肉料理とマニアックなお酒があれば、わざわざ足を運んでもらえると踏んだからだ。「いつかは窪川でステーキハウスを」。夢は膨らむ。


四万十町窪川 Booker's ブッカーズ 共同経営者の3人

株式会社BOXを立ち上げた鉄板焼き屋コールマンの久保充さん(左)とアシアナカフェの岡本進さん(中央)。3人はよく店に集って作戦会議をしている。


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【とさぶしMAP】窪川駅周辺のおいしいお店 Booker's 鉄板call man アシアナカフェ

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